我が子がもう結婚して家庭を持った30代、40代の大人であっても、我が子の大きな買い物が心配な親は珍しくありません。そんな親に家計や住宅ローンについて相談するのはよくても、度が過ぎるとかえって悪影響がおよぶことも……。本記事ではWさん夫婦の事例とともに、夫婦のマネープランの考え方について長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。
世帯年収950万円の35歳夫婦…「毒親」乱入で「理想の詰まった6,200万円の注文住宅」購入計画が立ち消えの悲劇【FPが解説】 (※画像はイメージです/PIXTA)

FPとの面談で見えてきた、父娘の共依存

妻のWさんがFPに相談したのは、騒動の1週間後のこと。「父親が言うように無理な資金計画だったのでは?」と思ったのがきっかけです。FPがこれまでの状況を事細かく聴いていきました。やはり気になるのは資金計画以前に「なぜ父親は突然激昂したのか」というところです。

 

Wさんが言います。「父親は私のことがとても心配なのだと思います。ペアローンで私も借り入れをすることや、資金計画が自分の想像を超えていることなど、不安にさせたのだと思います」

 

「でも、不安だからと言って初対面の住宅営業マンを大声で侮辱するのは、正直申し上げて常軌を逸していますね」

 

「はい……そのとおりです。でも普段は優しい父なんです。昔から子煩悩すぎるところがああって。頼りがいがある父親なので、やはり6,200万円というのはぼったくりなのではないか、返済していける金額ではないのではないかと思うようになりました……」

 

「ぼったくりなんて言葉をたやすく使うのはよくありませんね……」

 

騒動のことを考えるまえに、まずはTさんとWさんの夫婦はどのくらいの住宅ローンの借り入れが安全なのか計算してみました。夫のTさんの昇給が今後も見込まれること、定年退職時の退職金が3,000万円あること、妻が定年退職まで勤続する予定であることから、6,200万円の借り入れは特に問題はありません。資産運用も行い老後資金を十分に用意すれば、一生お金に困ることはなさそうです。ただしあくまでも机上の計算での話です。現状では貯蓄がゼロなので、どこかに問題があるのは明らかです。

 

「しかしお金の理屈とは別の理由で、マイホームを購入するのはやめておいたほうがいいでしょう」FPははっきりとそう言いました。

 

なぜか、Wさんはほっとした顔になりました。「やめておいたほうがいいですよね、やっぱり」

 

Wさんの問題を整理すると次のようになります。

 

・商談中の住宅メーカーからの信用が崩壊したこと

 

・契約破棄による違約金の支払いがあること

 

・違うメーカーで検討しても父親がまた怒り出すこと

 

・お金を出すわけでもない父親が干渉し過ぎること

 

・あまりに暴力的だと訴訟を受けるかもしれないこと

 

・夫の尊厳を傷つけていること

 

・5歳の子供に悪影響が大きすぎること

 

娘が心配のあまり父親が娘夫婦の自立した生活を破壊しようとしている、と言っても過言ではない状況です。そしてWさんにも不可解な点が。

 

「なぜ、夫の通勤を不便にしてまでお父様のそばに引っ越したいのですか?」

 

Wさんは、子供の世話を見てくれる人が近くにいる人がいいため、などと理由を言いましたが、本音はそこではないことがすぐにわかります。「お父様のご機嫌がいつも気になる、ということではないですか?」FPがそう言うととっさに否定しましたが、どうやら本音のようです。

 

Wさんの言葉のなかに、夫や住宅メーカーの営業マンに迷惑をかけ嫌な思いをさせたことへの言葉がないことが気になります。まったく意に介していないのがわかります。それどころか父親が夫や営業マンを侮辱したことよりも、「父親が主張することが正しいのでは?」と思い、それを裏付けるためにFPに相談しているのでしょう。父親は間違っていないと信じて安心したいのです。

 

父親と娘の関係性は個人的なものですから他人がとやかく言うべきものではありません。しかし夫に違約金の問題で迷惑をかけ、住宅営業マンに不快な思いをさせ、それをまったく顧みることがないというのは、もはやWさん自身も加害者となっています。住宅購入を諦めれば父親が安心する、父親が安心さえすれば自分が安心する、そうしたら他人がどれだけ傷つこうが関係ない、という身勝手極まりない精神状態ではないでしょうか。

 

貯蓄がないまま、これまでの生活を続けられたワケ

「ライフプランニングの話に戻ると、現状の家計収支では赤字になっていますが、貯蓄がなく、どう対処しているのですか?」と質問すると、さらに驚くことがわかりました。

 

「赤字になると父親が私にお金をくれるんです……」FPは驚きます。「それではお父さんも住宅購入が心配になるし、子離れできないというか子供への依存を強めることになってはいないですか」「わかってはいるんですけどね……お金を貰わないと父親が怒るんです」

 

「赤字のことをご夫婦で話し合ったことはありますか?」「ありません」

 

世帯年収が950万円ある35歳の娘が、家計が赤字であることをまず父親に教えることも普通ではありません。安易にお金を渡す父親も同様です。これでは父親と娘が互いに強く依存しあう人間関係です。巻き込まれると周囲は尊厳を傷つけられ人間関係が壊れていきます。

 

「失礼ですが……お金の相談と同時に、Wさん自身のカウンセリングも必要なのかもしれませんね。カウンセラーをご紹介することもできます」そう提案しても興味はないとのこと。お金のアドバイスを今後も受けたいと言います。資産運用や保険のことを教えて欲しいとのこと。

 

FPがそれ以上親子関係のことに関与をしても、Wさんもその父親も「あり方」を変えることはないでしょう。今後も互いの依存によって周囲に迷惑をかけてしまうことは目に見えています。このままでは年収が増えても貯蓄が増えることはなく、住宅を買える時も来ません。

 

夫婦のお金の問題は夫婦で相談のうえ解決すべきです。Wさん夫婦の例は一例であり、そうした考え方が根底になければ、どの家庭であっても住宅ローンの返済計画や家計のやりくりで失敗する可能性はあり得るでしょう。

 

――数日後、FPのもとにWさんの父親が威圧的にクレームを言ってきました。「家を買うなとは何事だ! 馬鹿にしてるのか!」と怒鳴りました。Wさんが父親に伝えている内容が著しく歪曲されているのです。想像がついていたとはいえ、互いに依存しあう親子関係の深刻さを痛感しました。

 

 

長岡 理知

長岡FP事務所

代表