海洋散骨を選んだ著名人たち
海洋散骨が一般的に認知されるきっかけとなったのは、著名人の事例です。1987年に亡くなられた俳優の石原裕次郎さんもその1人です。兄の慎太郎さんは『海を愛していた弟は、海に還してあげたい』という想いから海洋散骨を提案しましたが、当時、国内で海洋散骨の実例は知られていませんでした。
日本では1991年に「葬送の自由をすすめる会」が相模灘沖でおこなった海洋散骨が第1回目といわれています。2022年には葉山ヨットクラブの主催により、石原慎太郎さんの海洋散骨が執り行われました。30艇以上の船が海に出て、クラブ仲間に見守られながら式が執り行われたそうです。
<海洋散骨をしたといわれている国内外の著名人たち>
・勝新太郎(俳優) ハワイのワイキキ沖
・沢村貞子(俳優・エッセイスト) 相模湾
・hide(X JAPAN) ロサンゼルス沖
・いずみたく(作曲家) 相模湾
・石原慎太郎(作家・元東京都知事)相模湾
・ジョージ・ハリスン(ザ・ビートルズ) インドのガンジス河など
・マリア・カラス(歌手) ギリシャ沖のエーゲ海
・アルベルト・アインシュタイン(理論物理学者) アメリカのデラウィア沖
中島らも(小説家)/飯島直樹(プロウィンドサーファー)/立川談志(落語家)/藤圭子(女優)/横山やすし(コメディアン)/邱永漢(作家・経済評論家)/イングリッド・バーグマン(女優)/ジャニス・ジョップリン(ミュージシャン)/ジョンFケネディJr.(政治家)など……
供養としてだけでなく、ご家族の大切な思い出にも
海洋散骨は供養・弔いのひとつですが、そこにはさまざまな想いが込められています。海に還してあげたい、海に撒いてほしい、といった想いから選択される方もいれば、お墓をもたない選択をしたから、なにも残したくないから、といった理由から海洋散骨を選択される方もいます。
どんな理由であっても、その選択はご家族にとって素敵な経験へと繋がっていくことと思います。 海洋散骨は、特別な場所で大切な人とかけがえのない時間をお過ごしいただけます。
何度も通った大好きな海や、もう訪れることはないと思っていた思い出の海へ足を運び、当時の思い出が蘇ることも……。なかには、海洋散骨がきっかけとなり、家族で再び旅行に訪れる方も。海洋散骨を経験されたご家族の方々から、たくさんの感想をいただいています。
ご家族からお寄せいただいた海洋散骨のご感想
・父は本当に散骨を望んでいたのだなと思うくらい、当日は快晴でした。変な話ではありますが、母が亡くなったらまた散骨したいなと考えています。
・「生まれ育った故郷の海に還りたい」という母の最期の希望はとても人としてとても自然なかたちだったと思います。
・父母との最後の思い出をもらったかのようです。お墓参りがてら東京湾のランチクルーズに行こうと兄弟と話しています。
・墓石はありませんが葉山の海がお墓であり、その海は私が暮らすオーストラリアの海にも繋がっているので寂しくありません。
・海は世界に繋がっているので、生まれた所に行けると思います。