体の衰えが見え始めたAさん…相続を心配し、長女はFPのもとへ
Aさんが少しずつ足腰が弱っていることを感じるにあたり、長女はこのまま相続が発生したら、ややこしいことになるのではないかと半ば焦り、FPのもとへ相談に行きました。長女の話を伺うと、「不動産経営は自身も長男もそもそも興味がない。父の世話をしているのは私だから、不動産は全部売却して、子ども3人で平等にわけることが1番よいと思う」とのことです。それはそれで理解ができるところですし、合理的な答えといもいえますが、問題点は肝心のAさんの意思ではない、ということです。
まずはAさんの話を聞かなければ、相続をどうするか、亡くなるその日まで、亡くなる方、今回でいうとAさんが自由にできるということが原則です。そのあたりを長女へ話し、Aさんと長女が一度話し合いをすることになりました。結論からいうと、この家族の話し合いは完全に空振りに終わりました。話し合いの様子は次のようなものです。
相続についてAさんと話し合うことにした長女
長女は「大事な話がある」と、妹と弟も呼び出しました。「大事な話」にAさんはすでに身構えています。いざ話し合いが始まると、普段から必要な用件以外を喋らないAさんは、長女を前になにも話そうとしません。長女も話が進まない、進められないことに業を煮やし、
「お父さんの世話をしているのは私だということはわかるよね。お父さんからの頼みごとは、仕事が忙しいときも頑張って時間調整して動いている。私の言うことも少しは聞いて欲しい。不動産経営は私も弟もする気がないから、いま元気なうちに売却して、いざ相続のときには3等分にして欲しい」
そう言いました。長女からすると、1番責任感をもってお父さんのお世話をしている自分が、法定相続どおりの分割を意思表示したわけですから気持ちとしては「譲った」つもりの発言です。「譲った」ことを意思表示したつもりもあったのかもしれません。
しかし、Aさんからすると自分の考えを聞かずに、結果として意見を押し付けられた、という印象が強く残りました。Aさんは小さな声で次のように言います。
「前々から伝えているとおり、基本は長男に」
長女は絶句しました。あとあと困らないよう、長女の責任として言い出しづらくても意を決して話した自分に、これまで親身に世話をしてきた自分に……父はそのような返事しかないのかと。次女、長男はこの深刻な空気に、もはや口をはさめません。
この話し合いはあとに進むことなく、あえなく頓挫となりました。普段からあまり口数の多くないAさんはますます固く口を閉ざしてしまい、恐らく心も閉ざしてしまったようです。子から親の相続の話をするというのは、話のテーマ、タイミングが非常に難しいものです。話し始めると、つい自分の思いが先行してしまいがちです。ところが、それをしてしまった途端に場が凍り付き、「話し合ったが、余計に疲れた。話し合いなんてしなければよかった」と思うこともよくある話です。