元通産省官僚・株式会社二十一世紀新社会システム研究所代表である、本田幸雄氏の著書『劇症型地球温暖化の危機 太陽光エネルギー革命で日本を再生する』より一部を抜粋・再編集し、日本人の創造性について見ていきます。
日本人は「模倣はできるが、創造性がない」と言われてしまう根本理由 (※写真はイメージです/PIXTA)

日本人に「創造性がない」背景

日本人には創造性、独創性がないとか、オリジナリティーがないとか、日本ではベンチャービジネスが育たないとか、ベンチャーが育つ風土がないとかよく言われます。不況になると、ベンチャー頼みになり、昨今の新聞にベンチャービジネスの記事が載らない日はなく、その度にこの日本人の創造性の議論が出てきます。

 

確かに、私たちが日常使っているもので、日本人が独自に発明したといえるものがほとんどありません。

 

日本人が生み出した産業といえるものは、農林漁業の第一次産業を別にすれば(またパチンコ、カラオケ、テレビゲームも別にすれば)、これまた、ほとんどありません。

 

農業社会は進歩がほとんどありません。これは日本に限らず、西欧の中世を見ても、近世になってもイギリスの産業革命(その直前の農業革命)まではそうでした。

 

それもそのはず、為政者にとっては、新しいことは御法度(禁制)でした。農民は年々歳々、同じやり方で同じようにコメを作り、同じようにきちっと年貢を納めてくれればそれでよかったのです。新しいことを考えて、華美になったり、贅沢になってほしくはなかったのです。

 

これは町人についても同じでした。中世のイギリスでも似たりよったりでしたが、17世紀の半ばにイギリスではすでに近代的特許制度が確立され(世界最古の成文特許法は1474年のベネツィア特許法です)、18世紀には発明家、企業家が大活躍する産業革命が起こってきました。

 

この工業を起こすことは、農業社会からの飛躍であり創造性を発揮することでした。

 

創造性には伝播現象があるということは、後でいろいろ指摘されています。一人の発明・発見が契機となって、同じ研究所から続けさまにノーベル賞受賞者が出るとか、ある地域から芋づる式に企業経営者が出るとかの事例はたくさんあります。同僚に刺激されて、先輩に刺激されて、次々に新たな成果が生み出されたわけです。

 

身の回りに、あるいは国内にそのような事例があるかないかは人間に大きな影響を与えます。創造性が育つ土壌とか風土とは、そのような事例があり、人々もそれに理解があり歓迎する環境にあるということでしょう。

 

一人の発明家がある発明をして、企業や産業を起こし、周辺の人々を多く雇用するようになると発明家を歓迎するようになります(もっとも、そのような前例がまだ、なかったイギリスで産業革命を起こした発明家は繊維産業の雇用を逆に奪うと試作機械などを壊され、不幸に終わった発明家が多かったのですが)。

 

いずれにしても、日本は、長い間、そのような前例がなく発明などには縁遠かったのです。日本に特許制度ができたのは、1885年(明治18年)で、この特許制度だけとっても、日本はイギリスに250年の差をつけられていました。