質の良い食物繊維を食べよう
食物繊維が健康に良いことは、みなさんご存じだと思います。米国では、2016年に米食品医薬品局(FDA)が、栄養補助食品ラベルの最終規則を発表し、「食物繊維」の定義を満たすものとして、7つの分離または合成された難消化性炭水化物を特定しました(※1)。その後、FDAに認可された成分のリストは増え続けています。今では、シリアル、プロテインバー、オートミール、パスタさらにクッキーなどのスナック菓子まで、さまざまな食品のパッケージに食物繊維が表示されています。
それでは野菜や果物の代わりに、クッキーを食べれば、十分な量と質の食物繊維が摂取できるのでしょうか?
そんな中、米オハイオ州トレド大学のマタム・ヴィジャイ・クマール博士らは、2022年8月の医学誌「Gastroenterology(消化器病学)」に、「精製された食物繊維を多く含む食事は、一部の人にとって肝臓がんのリスクを高める可能性がある」という論文を報告しました(※2)。この論文は、博士らが、2018年の科学誌「Cell(セル)」に、「免疫系に欠陥のあるマウスにイヌリンを強化した餌を与えたところ、高い確率で肝臓がんが発生した」と報告した研究(※3)の続きです。
ところで「精製された食物繊維」、「一部の人」…とはどういう意味なのでしょうか? まず食物繊維の種類について、ハーバード公衆衛生大学院の情報(※4)をもとに整理してみましょう。
※1 https://www.fda.gov/food/food-labeling-nutrition/questions-and-answers-dietary-fiber#fda_actions
※2 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35988658/
※3 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30340040/
※4 https://www.hsph.harvard.edu/nutritionsource/carbohydrates/fiber/
食物繊維の種類:不溶性と水溶性
食物繊維は不溶性と水溶性の2種類があり、どちらも健康に役立つものです。
水溶性食物繊維:水に溶けるので、血糖値を下げたり、血液中のコレステロールを低下させたりする働きがあります。水溶性食物繊維を含む食品には、オートミール、チアシード、ナッツ類、豆類、レンズ豆、リンゴ、ブルーベリーなどがあります。
不溶性食物繊維:水に溶けないので、食物が消化器官を通過するのを助け、便通を良くし、便秘を予防します。不溶性食物繊維を含む食品には、全粒小麦製品(特に小麦ふすま)、キヌア、玄米、豆類、ケールなどの葉物野菜、アーモンド、クルミ、種、梨やりんごなど、皮が食べられる果物があります。
食物繊維のさらなる定義
不溶性食物繊維と水溶性食物繊維という総称の下で、食物繊維を他の言葉で表現することもあります。ゲル状で粘性のあるもの、分解・発酵して腸内細菌の餌として作用する『発酵性食物繊維』などです。
細菌によって分解されない繊維は『非発酵性繊維』と呼ばれ、そのまま大腸まで移動し、便のかさばりと重さを増して、排便しやすくします。これらの性質は、消化を遅らせたり、食後の血糖値上昇を遅らせたり、細菌の健康なコロニーを促進したり、下剤効果を発揮したりと、健康上のメリットをもたらします。
さらに、水溶性繊維と不溶性繊維には多くのサブタイプがあり、植物性食品に『自然に存在するもの』と『合成的に作られたもの』があります。
米国医学アカデミーでは、食物繊維を次のように定義しています(※5)。
1)植物中に自然に存在する食物繊維(難消化性炭水化物およびリグナン)
2)植物から抽出または合成され、ヒトに有益な健康効果をもたらす難消化性食物繊維
また、食物繊維の中には、オリゴ糖やレジスタントスターチなど、天然に存在するものと合成されたものの両方のカテゴリーに分類されるものがあります。
【天然由来の植物繊維】
①セルロース、ヘミセルロース:穀物や多くの野菜・果物の細胞壁に含まれる不溶性食物繊維。水分を吸収して便のかさを増し、緩下作用がある。
②リグニン:小麦やトウモロコシの皮、ナッツ類、亜麻仁、野菜、未熟なバナナに含まれる不溶性食物繊維で、大腸での粘液分泌を促し、便にかさを持たせる。緩下作用がある。
③ベータグルカン:オート麦と大麦に含まれる水溶性高発酵性食物繊維で、小腸で代謝・発酵される。プレバイオティクスとして機能する。便を膨らませるが、緩下剤の効果はない。血糖値やコレステロール値の正常化に役立つ。
④グアーガム:種子から分離した水溶性の発酵性食物繊維。粘性のあるゲル状の質感を持ち、増粘剤として食品に添加されることが多い。小腸で代謝・発酵される。緩下剤の効果はない。血糖値やコレステロール値を正常にする効果がある。
⑤イヌリン、オリゴフルクトース、オリゴ糖、フラクトオリゴ糖:玉ねぎ、チコリ根、アスパラガス、キクイモに含まれる水溶性の発酵性食物繊維。下剤効果で便を膨らませ、血糖値を正常化し、プレバイオティクスとして機能する可能性がある。過敏性腸症候群の人は、これらの繊維に敏感な場合があり、膨満感や胃のもたれを引き起こすことがある。
⑥ペクチン:リンゴ、ベリー類などの果物に含まれる水溶性の高発酵性食物繊維。膨張作用や下剤作用はほとんどない。ゲル化作用があるため、消化を遅らせ、血糖値やコレステロール値を正常化する効果が期待できる。
⑦レジスタントスターチ:豆類、未熟なバナナ、茹でて冷ましたパスタ、ジャガイモに含まれる水溶性の発酵性食物繊維で、プレバイオティクスとして機能する。便を膨らませるが、緩下剤としての効果はほとんどない。血糖値やコレステロール値を正常化する効果がある。
【製造された機能性繊維(一部は天然植物から抽出・改良されたもの)】
①サイリウム:サイリウムの種子から抽出された水溶性、粘性、非発酵性の繊維で、水分を保持し、便を柔らかくし、膨らませる。緩下作用があり、市販の下剤や繊維質の多いシリアルに含まれている。血糖値やコレステロール値を正常化する効果がある。
②ポリデキストロースとポリオール:ブドウ糖と糖アルコールのソルビトールからなる水溶性食物繊維。便のかさを増やし、軽い緩下作用がある。血糖値やコレステロール値への影響はほとんどない。甘味料として、食感の改善や水分保持、食物繊維の増加のために使用される食品添加物。
③イヌリン、オリゴ糖、ペクチン、レジスタントスターチ、ガム:上記のような植物性食品に由来する水溶性食物繊維だが、単離または加工して濃縮し、食品または食物繊維サプリメントに添加している。
※5 https://www.hsph.harvard.edu/nutritionsource/carbohydrates/fiber/
「自然の食物繊維」は食物繊維サプリで代用できない
いかがでしょうか? 単に食物繊維と言っても、こんなにたくさんの種類があるのです。読者の中にはどの食物繊維を摂取すればよいのか悩む人もいるでしょう
そこで、ハーバード公衆衛生大学院は、食物繊維の摂取について、次のように指導します。
「食物繊維は、心臓病、糖尿病、憩室(けいしつ)疾患、便秘など、さまざまな病気の発症リスクを下げると考えられています。食物繊維の腸内細菌叢へのメリットは、これらの病気に関わる慢性炎症を緩和する抗炎症作用を生み出す可能性があります」
食物繊維には様々な種類があり、様々な植物性食品から摂取することができます。どの食物繊維にもある程度の健康上の利点があるため、特定の食物繊維に注目しすぎないことが重要です。したがって、食物繊維の推奨値である1日25~35gを満たすように、果物、野菜、全粒穀物、豆類、ナッツ類、種子類など様々な植物性食品を食べることが、これらの効果を確実に得るための最善策となります。
食物繊維を十分に摂取することが難しいときは、オオバコやメチルセルロースの粉末やウエハースなどの食物繊維のサプリメントを利用することもできます。これらは、便をかさを増やして柔らかくし、腸を通過しやすくします。ただし、食物繊維のサプリメントは、食物繊維の多い食品を完全に置き換えるためのものではありません」
また、ハーバード大学公衆衛生大学院のデービッド・ラドウィグ博士は、NPRニュースにて「高度に加工されたスナックバーには、通常、加工されたデンプンと添加された砂糖の組み合わせが含まれています。ビタミンとミネラルが少ないです。分離された繊維を(これらの加工食品に)戻すだけでは、これらの栄養不足をカバーすることはできません」と語ります(※6)。
※6 https://www.npr.org/sections/thesalt/2017/10/23/558761819/the-fda-will-decide-if-these-26-ingredients-count-as-fiber
すべての病気は腸から始まる?
さて、冒頭の論文に戻ります。「ユーレクアラート!(EurekAlert!)」のプレスリリースに、ヴィジャイ・クマール博士は「私たちは、すべての病気は腸から始まるという考えのもと、長い間研究に取り組んできました」「この研究は、その概念を著しく前進させるものです。また、肝臓がんのリスクの高い人を特定し、簡単な食生活の改善でそのリスクを下げることの手がかりとなります」と語ります(※7)。
博士らは、発酵性食物繊維を多く含むマウスの食事と、それに関連する肝臓がんの発症リスクについて調べました。そして、一見健康そうな標準的な実験用マウスの10匹に1匹が、イヌリンを含む餌を摂取した後に肝臓がんを発症することを発見しました。
博士はプレスリリースに「マウスで肝臓がんが観察されることはめったにないことを考えると、これは非常に驚くべきことでした」と述べます。そして博士らは研究を進めるうちに、がんを発症したすべてのマウスの血液中に高濃度の胆汁酸が含まれていることがわかりました。これは先天的な「門脈シャント」が原因でした。
通常、腸から出た血液は肝臓に入り、そこで解毒された後、全身に戻ります。ところが、門脈シャントが存在すると、腸から出た血液は「シャント」という異常な血管を経由して、解毒なしに再び全身に戻されてしまいます。
驚くべきことに、血液中の胆汁酸が高いマウスの100%が、イヌリンを与えられたときにがんを発症しました。胆汁酸が低いマウスは、同じ食事を与えてもがんを発症しませんでした。論文筆頭著者のベン・サン・ヨー博士は、プレスリリースに「食事のイヌリンは炎症を抑えるのに優れていますが、免疫抑制を引き起こす可能性があり、肝臓には良くありません」と語っています。
ヒトの門脈シャントは比較的まれで、出生時の発生率は30,000人に1人と報告されています。ただし、一般的に目立った症状がないことから、実際の発生率はその何倍にもなる可能性があります。また、門脈シャントは、肝硬変の後に発症する確率が高まります。
さて、ヒトの門脈シャントを研究することは難しいですが、博士らは、胆汁酸レベルが高いことが肝臓がんリスクの有効なマーカーになるのではないかと考えました。そして、大規模ながん予防研究の一環として1985年から1988年にかけて採取した血清サンプルの胆汁酸のレベルを検査しました。すると、肝臓がんを発症した224人のベースラインの血中胆汁酸レベルは、肝臓がんを発症しなかった男性に比べて2倍高いことがわかりました。また、統計解析の結果、血液中の胆汁酸値が最も高い人は、肝臓がんのリスクが4倍以上高いことが明らかになったのです。
また、既存の疫学研究では、水溶性食物繊維と非水溶性食物繊維を区別していませんが、研究チームは、食物繊維の摂取と胆汁酸値、肝臓がんとの関係をヒトで検証しました。興味深いことに、研究者たちは、血清胆汁酸レベルがサンプルの下位4分の1にある人たちにおいて、食物繊維の総摂取量が多いと肝臓がんのリスクが29%減少することを発見しました。しかし、血中胆汁酸レベルが上位4分の1に位置する男性では、食物繊維を多く摂取すると肝臓がんのリスクが40%増加したのです。
研究者らは、食物繊維の健康への利益に反対しているわけではありませんが、特定の個人がどのような食物繊維を食べるかに注意を促していて、個人に合わせた栄養摂取の重要性を強調しています。また、研究者らは、胆汁酸のスクリーニングが肝臓がんの予知に役立つ可能性を示しています。胆汁酸値が高い人は、食物繊維を強化した加工食品の摂取量に注意する必要があるでしょう。
※7 https://www.eurekalert.org/news-releases/965925
大西 睦子
内科医師、医学博士
星槎グループ医療・教育未来創生研究所 ボストン支部 研究員
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