人類は「老化という“病”の克服」を目指す時代に突入
これまでの記事で、3回にわたり『5デアザフラビン(TND1128)が人類社会にもたらす変化』という壮大な世界観について述べました。本稿では、実臨床の事例を紹介しようと思います。この実臨床の事例こそが、人類社会を変革する唯一の、そして確かな一歩なのです。
2019年にWHO(世界保健機構)がICD-11(国際疾病分類第11版)を定めました。1990年に定められたICD-10との最大の違いは、「老化関連の(aging-related)」というエクステンションコードが新設されたことです。高血圧や大動脈解離、肺がん等の疾病分類コードに対し、それを補助する役割があります。「老化に関連したXX」という診断の場合、「XX」という従来区分の疾病コードに加え、「老化に伴う」という意味の「ST9T」というタグ、エクステンションコードが付くという次第です。
1990年、WHOがICD-10を定めて以降、各種民間団体の動きと相まって『人類はがんという病を克服する』時代でした。そして、それ以前は『人類は感染症という病を克服する』時代でした。今回、ICD-11に老化の概念が盛り込まれたことが意味するものは何か。今回のそれは『人類は老化という病を克服する』という宣言に他なりません。
老化をタイプ別に分類する意義
今後、「老化」が各タイプごとに分類され、それに応じた治療法が整備されていくでしょう。30年前に正体不明だった“がん”がTNM分類(がんがどの程度広がっているかによる分類)に沿って細分化され、対応するStageに応じて治療法が整備されていったように。病理学的分類(扁平上皮癌や腺癌など、細胞の性質による分類)に応じて治療法が整備されていったように。そして、これらの分類はなお、現在進行形で進み、現在も最適な治療法を検証し続けています。
では、どのような「老化」のタイプに対して、5デアザフラビン(TND1128)は有効なのでしょうか。ミトコンドリア機能低下と相関する老化に対しては、特に有効だと予想されます。5デアザフラビンの主機能は、NMNと同様、ミトコンドリアの活性化と、サーチュイン遺伝子の活性化なのですから。
他の老化治療薬(老化細胞除去薬やラパローグ、メトホルミン等)も、老化の分類に応じて、有効なタイプが存在するでしょう。しかし、それはあくまでも仮説に過ぎません。
この仮説を立案する根拠は、実臨床の現場にしかありません。実際の事例を丹念に観察することで初めて仮説が生まれ、その検証をし、真理に近づいていく。遺伝学の祖であるメンデルの功績も、エンドウ豆の観察から始まりました。万有引力の法則を発見したニュートンも、リンゴが地上に落ちる現象の観察からでした。今回も、また。
老化を各タイプごとに分類するとは、「世界中で共通の前提に基づいた観察研究が実施できる」ということです。All Japanならぬ、All Human Beingsのプロジェクト、最初の一歩なのです。
5デアザフラビン(TND1128)投与の実際
前置きが長くなりました。実臨床例を提示します。
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【事例①:69歳・男性 I型糖尿病】
28歳時、人間ドックを契機に上記診断。HbA1c 13.0%前後。食事療法、運動療法、インスリン療法の併用治療を開始。HbA1cが7.5%程度で推移。40歳を過ぎた頃からHbA1c%が8.5程度で推移。
■仮診断*:(膵β細胞のミトコンドリア機能不全による)I型糖尿病
■処方:5デアザフラビン(TND1128)(100mg)1C1X朝を投与
(*診断は、治療が奏功した段階で初めて証明され、確定診断となる。臨床医による予測を「仮診断」といい、仮診断の段階で行う治療行為を“診断的治療”と呼ぶ。)
投与後1週間程度で、血圧が改善、内服していた降圧剤を中止。空腹時血糖が170mg/dl前後から130mg/dl前後まで改善。HbA1cも7.5%程度まで改善。採血データでの脂質異常症も改善。
⇒確定診断:老化に伴うI型糖尿病、高血圧、脂質異常
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高血圧のみならず脂質異常にまで改善効果があったのは完全に予想外でした。老化に伴う炎症が改善された(老化により慢性炎症が起こり、生活習慣病が引き起こされるという考えに基づく。)と考えるのが自然です。こちらは、サーチュイン遺伝子の活性化による効能と思われます。そして、内服開始から1ヵ月後。5デアザフラビンの内服を中断したにもかかわらず、高血圧や脂質異常は改善したままです。まさに、老化そのものを治療したと考えるのが妥当と思われます。
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【事例② 85歳・女性 慢性腎不全】
生来健康な女性。80歳時に心筋梗塞を発症し3ヵ月の入院。心筋梗塞は完治し退院するも、入院時検査で慢性腎不全の指摘あり。食事療法や各種民間療法を行うも、検査データ改善せず、透析の導入を検討。
■仮診断:(腎細胞のミトコンドリア機能不全による)慢性腎不全
■処方:5デアザフラビン(TND1128)(100mg)1C1X朝を投与
投与後1ヵ月で、腎機能の改善を認め、透析の導入を回避。特段の副作用なく経過観察中。
⇒確定診断:(腎細胞のミトコンドリア機能不全による)慢性腎不全
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これは、予想通り診断的治療が奏功した事例です。虚血性腎障害やプラチナ製剤(抗がん剤の一種)による腎機能不全は、ミトコンドリアの機能不全が原因とされる事例が多く、洞察の一助となりました。5デアザフラビンの投与以外に代替手段がなく、ダウンサイドリスクがない文脈での投与事例でした。とても貴重なデータだと思います。
このようなことにおいて、確定診断が本当に適切かどうかは、現時点では不明です。ですが、このような実臨床データを元にデータベースが構築され、老化の分類、細分化が行われていきます。そうして、ICD-11の改定に繋がり、いつの日か本当に、人類は老化という病を克服する時代に繋がると私は信じています。
万病に共通の驚異的なリスク因子、「老化」を取り除く
これらの事例では確かに、「特定の細胞のミトコンドリア機能不全」を改善するという仮説に基づき、世界最強のミトコンドリア活性化物質である5デアザフラビン(TND1128)を投与しました。しかしながら、その投与した物質は、そう都合よく、目的の臓器のみに届くわけではありません。一定の割合分は、当初の目的外の使途に活用されていることになります。この割合分も無駄ではなく、実は、極めて大きな意味を持っています。
概念的には「老化を治療」しているのです。一定の幅の険しい山道を歩んでいると想像してください。老化するとは、この道幅(安全域)が狭くなっていくようなものです。道幅(安全域)が十分なうちは、特段の自覚症状もない。でも、何かの拍子に道を踏み外すと、一気に転落する。従来の医療は、狭くなった道幅の中でバランスを取っているにすぎません。一方で、老化を治療するということは、この道幅をもう一度、十分に確保することに他なりません。『まずは老化を治せ。話はそれからだ。』の主張の由縁がここにあります。
「飲む健康診断」で老化を防ぐ時代が来る!?
究極的には、自覚症状がない健常者も5デアザフラビン(TND1128)を服用する時代になると思っています。老化、および老化に随伴する症候群を発症する前段階での予防。飲む健康診断。服用して何の変化もなければ、そのまま経過観察をする。健康診断とはそういうものです。一方、服用して何かしらの変化を認めた場合。それは、無自覚のうちに何かしらの不具合が生じていて、老化を治療することによって、実は不具合が生じていたことが露呈したことを意味します。
嘘のような話でしょうか。実際、米国ではメトフォルミンという薬剤を活用したTAME trial(Targeting Aging with Metformin)が現在進行中です。糖尿病治療薬と知られていたメトフォルミンを老化治療薬として使用し、65-79歳の患者3000人を対象に6年間、代表的な14施設で臨床試験が行われています。5デアザフラビンも実臨床例が積み重なった先には、類似の臨床試験に繋がると考えます。特に、ミトコンドリアの機能不全を伴うタイプの老化に対しては、大きな意味を持つと予測します。
老化を分類し、タイプに応じた最適な治療法を導きだす。目の前の患者一人を診察する実臨床の現場の価値は、こんなにも大きいのです。私が診察する全患者に伝えています。『一緒に社会を良くしましょう』。『人類は老化という病を克服する』。
乾 雅人
医療法人社団 創雅会 理事長
銀座アイグラッドクリニック 院長