(※写真はイメージです/PIXTA)

『老化は治る』。今、医学の常識が一転しつつあります。WHOが2019年に採択した「IDC-11(国際疾病分類)」でも、明確に“老化”の概念が盛り込まれました。老化とは万病に共通する驚異的なリスク因子であり、もはや、人類が克服すべき治療対象の疾患と定められているのです。老化治療の社会実装に向けて、今の医師たちに求められる役割とは何か。銀座アイグラッドクリニック院長・乾雅人医師が解説します。

医師が担うべき“もう一つの役割”

長寿サプリとして「NMN」が話題となっている中、長寿研究の最前線では、90年代に日本が発見した物質「5デアザフラビン(TND1128)」に注目が集まっています。前々稿では、科学者が行う基礎研究について。前稿では、老化治療の社会実装に向けて臨床医が行う役割として、「臨床研究」と「臨床行為」について述べました。本稿では、公衆衛生の観点から、医師が担うべき“もう一つの役割”について記載します。

 

医師法を参照してみましょう。第一章総則、第一条に「医師は、医療および保健指導を掌(つかさど)ることによって公衆衛生の向上および増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するものとする。」とあります。

 

すなわち、医師が担うべき役割には、臨床現場でのそれとは別に、公衆衛生における役割が期待されています。今回の5デアザフラビン(TND1128)にまつわる文脈で言うと、老化という疾患の疫学データベースを構築が該当します。

医師はどうやって診断を下すのか?

改めて、医師が行う診断を見てみましょう。診断は、予測(仮診断)に基づく治療(=診断的治療)が成功して初めて確定診断となります。

 

実は、刑事が真犯人を特定するプロセスによく似ています。3人の容疑者が疑われる密室〇〇事件を想定してみましょう。新情報が入るたびに、容疑者の疑わしさが変動します。同様に、3つの疾患が(可能性として)疑われる場合、新情報が入るたびに、疾患の疑わしさが変動します。

 

検査の前後で変動する疑わしさを、それぞれ検査前確率、検査後確率と呼びます。最初の段階では、3人がそれぞれ怪しいため、検査前確率は33%です。「被害者と金銭トラブルがあった」という情報が入ると、その検査後確率は50%に高まります。「同時刻に別の場所にいた」という情報が入ると、その確率は10%に下がります。

 

すると、診断的治療とは「この容疑者が真犯人だ」と想定して行う「カマ掛け」に相当します。検査前確率は90%程度といったところでしょうか。カマ掛けの結果、つい真犯人しか知り得ないはずの情報を口走ってしまい、結果的に真犯人と確定する(検査後確率が100%になる)シーンは刑事ドラマの定番です。診断的治療とは、「その治療が奏功することによって、逆説的に診断の正さが証明される(仮診断が確定診断になる)」ことに他なりません。「診断が正しいから治療が奏功する」のと対比すると、イメージが掴みやすいかと思われます。

 

では、この診断的治療の根拠は何なのでしょうか。刑事が行う「カマ掛け」は最終段階であり、容疑者が真犯人である確率(検査前確率)が極めて高い状態なわけです。そこに至るための絞り込み、前段階は何がスタート地点なのでしょうか。

 

診断学の神様、ローレンス・ティアニー医師の言葉を借りるなら、患者プロフィールと病歴聴取です。実は、採血による血液検査や、エコーなどの生理機能検査、CTといった画像検査などはすべて、この検査前確率を絞り込む一連の行為なのです。どの検査を行うべきか(その検査によって検査前確率/検査後確率がどう変化するのか)の判断こそが最も重要なのです。それは患者プロフィール(〇歳男性)と病歴聴取(既往歴、家族歴、喫煙や飲酒などの生活歴)から決定されます。古典的な“問診”と呼ばれるものです。

老化という病の「疫学データベース」構築が必要

医師によって、その臨床能力、診断能力は異なります。〇〇専門医とは、その専門領域、特に治療においては強い(外科医など)ですが、他の領域には弱かったりもします。一方で、総合診療医や救急救命医などは、臨床診断(Clinical Judgement)に強いですが、実際の治療行為という決定打は他専門医に委ねたりします。役割分担です。

 

すると、専門が異なる医師たちの生産性をいかに上げるか、医師ごとのバラつきを減らせるかが課題となります。この解決が、疫学データベースの構築に他なりません。

 

『検査前確率に基づいて診断的治療を行う。』

 

こう言うと聞こえは良いですが、悪く表現すると「当てずっぽう」です。診断的治療の正当性は、検査前確率がどの程度絞りこめているかに依存します。刑事の「カマ掛け」も同様です。

 

その検査前確率の当てずっぽうの精度を高めるために、素人と医師のそれ、専門外の医師とエキスパート医師のそれの誤差を小さくするために。疫学データベースの構築は極めて有力です。

 

エキスパート医師は、その膨大な臨床経験から、暗黙知や大局観とでも言うべきものを備えています。このエキスパート医師の直観を、普通の医師が、一般の方が、再現性をもって検証可能とするために、老化という病の疫学データベース構築が必要なのです。

 

2019年にWHO(世界保健機構)がICD-11(国際疾病分類第11版)で「老化は治療対象の疾患である」という概念を盛り込みました。1990年にWHOが発表したICD-10と呼応するように、各種民間団体も、正体不明だった「がん」に対してTNM分類を導入しました。結果、世界中で共通の前提条件に基づいてデータベースが構築され、がん治療は大きく躍進しました。同様に、「老化」に対しても、今後数十年をかけて〇〇分類が提唱され、それに基づいて最適な治療法が同定されていくでしょう。

 

その治療法の一つが、5デアザフラビン(TND1128)の投与であると私は考えます。なればこそ、日本初の知財を活用した臨床データを、日本人医師たちが世界に提示することには大きな意味があります。

改めて、医師の役割を問う

かつて、「もし君が総理大臣なら医師をどうする?」というブログ(note)を記載しました(https://note.com/inui_masato/n/n6d273b3f668c)。医師は自由意志を持つ個人であると同時に、社会資源でもあります。チェ・ゲバラの逸話などで有名なキューバは、国策として「医師」という商材を南米各国に輸出していました。

 

老化という病の疫学データベースの構築は、国家プロジェクトに他なりません。日本は世界に先駆けて高齢化社会に移行しています。健康長寿のデータを取得するにはうってつけの環境です。このデータベースを、諸外国に輸出することで外貨を稼ぐ、GDPを上げることも可能です。

 

大切なものを大切にするために。大切にし続けるために。臨床現場に十分に報いるためにも、医師という社会資源をどのように活用するのがよいのか、本稿を機に考えていただけますと幸いです。

 

次稿ではいよいよ、5デアザフラビン(TND1128)投与による実際を紹介しようと思います。

 

『人類は老化という病を克服する』。

 

 

乾 雅人

医療法人社団 創雅会 理事長

銀座アイグラッドクリニック 院長