本記事では、ニッセイ基礎研究所の天野 馨南子氏が、過去の人口構造イメージを引きずったままの「中高年化社会」が持つアンコンシャスバイアスが、少子化問題に大きな影を落としかねない点を解説。さらに9月に公表された「第16回出生動向基本調査」の独身者調査の分析結果をもとに、人口マイノリティである若い世代の理想の結婚像が、人口マジョリティである中高年世代が描く理想の結婚像とあまりにも大きく乖離している姿を明示していく。
激変した「ニッポンの理想の家族」…第16回出生動向基本調査「独身者調査」分析/ニッポンの世代間格差を正確に知る (写真はイメージです/PIXTA)

はじめに-「中高年化社会」による無意識のハラスメントからの早期脱却を

「自分たちは親世代である団塊の世代の考え方を押し付けられた被害者だと思っていたけれど、そんな自分たちも同じことを若者たちに繰り返しているのではないか、と恐ろしくなりました。」

 

9月に公開したショートレポート「若年層へのハラスメント社会の危機-人口動態が示すアンコンシャス・バイアスの影-」に、このような反響を40歳代の読者からいただいた。

 

2020年の国勢調査の結果からは、40歳代人口が最多世代人口であり、加えて急激な少子化の進行により若年層の人口構造におけるマイノリティ化が進むなかで、多数決の下では40歳代を中心とした中年世代、あるいはそれ以上の中高年世代の価値観に心地よい話だけがまかり通ってしまう社会が今の日本にはある。

 

先ずは日本における人口構造の変化について、2020年の国勢調査結果と50年前である1970年の結果を比較することにより、その変化を可視化して確認しておきたい。

 

1―半世紀前の日本は30歳代以下が7割

国勢調査によると、1970年当時の日本の総人口は1億312万人であった。「今の方が人口は多いから人口問題なんて存在しないのではないか」と思う読者もいるかもしれない。しかし、総数ではなく世代別人口数で見てみると、問題の深刻さを理解することができる。1970年当時の最多世代人口は20歳代(1963万人)であり、当時の総人口の19%を占めていた。つまり半世紀前は、人口の約5人に1人が20歳代人口となっており、30歳代人口までの若い人口が68%(6977万人)を占めていた。その結果、40歳代未満と40歳代以上の人口の比は、約7:3という非常に若々しい人口構造を持つ社会が成立していた。

 

1970年当時における40歳代以上の人口のほとんどは、第二次世界大戦をほぼ成人として経験した世代である。終戦年(1945年)を基準に計算すると、終戦年に15歳だった者は1970年には40歳であるので、1970年当時に45歳以上であった人口は、全員が成人として戦争を経験してきた世代、ということになる(図表1)

 

【図表1】1970年と2020年の人口構造比較

 

戦後最大の出生数、年間270万人超を誇った団塊世代(1947年~1949年に出生)は、1970年当時は20歳代前半人口であった。彼らは人口最多世代として、当時の40歳代以上人口を数で支えていた。彼らの親世代・祖父母世代は第2次世界大戦による多数の死亡発生により歴史的に見て不自然に人口数が欠損しており、極端な中高年人口のマイノリティ化が生じていた。これにより、当時は若い世代が中高年世代を支えやすい広い底辺を持つ三角ピラミッド型の人口構造となっていた*1

 

終戦後70年以上が経過した令和時代にあっても、この頃の戦争による人口欠損を内包する人口構造イメージが影響しているとみられる根強いバイアスが、結婚分野において見聞されている。結婚適齢期にある若い男女人口について、何となく「女性の方が余っている。結婚に困っている」というイメージをもっている方を散見する。これは、大戦後の男性人口の著しい欠損によって生じた男女人口アンバランスな時代のイメージをいまだに引きずっていることが原因かもしれない。

 

しかし、当時の男女人口アンバランスは戦争に起因した女性余りであり、そのような特殊な事情がなければ、本来ヒトという生き物は、世界中のどこにおいても、男女比が男性:女性=1.05:1.00で生まれ、そして成人する。出生児の5%の男女人口差は、男児は女児に比べて自然な状態では乳児死亡率等が高いために生じる「自然界の神秘」ともいえる現象であり、成人時にちょうど1:1で男女のマッチングが行われるためのヒトの発生ルールである。しかし、近年は医療の発達により、特に先進国を中心に乳児死亡率が減少し、20歳以降も男性成人人口が女性成人人口を上回る状況が老年期手前まで続いていることを注意喚起しておきたい。その結果、日本の場合は、60歳代人口になるまで男性余りの状況が続く。つまり、男女のマッチングという観点からみると常に女性不足であり、「種の保存」の視点からみれば、男性側が女性側に選ばれるという構造になっているともいえる。

 

話を50年前の人口構造の話に戻すと、1970年時点では以上のように、戦争による影響を受けて少数派となっていた中高年人口を、圧倒的人口多数派である30歳代以下の若年層人口が支える構造を呈していた。

 

このため社会保障制度についても、1970年代はこの人口構造に見合った仕組みに変更されていった*2。戦争を経験し大変な思いをした高齢者の社会保障を、若者が支える社会保障制度の骨格ができた時代が1970年代だったともいえる。ただし、その背景には、そのような社会機運があっても大きな弊害が生じない「30歳代以下が7割を占める若々しい人口構造があった」ことを理解しておきたい。

 

*1:ちなみに、人口構造をもとに若い世代が高齢者を支える社会とするかどうかについては政策決定の話となる。

*2:福祉元年と呼ばれた1973年には老人福祉法改正(老人医療費の無料化)、健康保険法改正(家族7割給付、高額療養費の制度化)、年金制度改正(給付水準引上げ、物価・賃金スライドの導入)が行われた。