(※写真はイメージです/PIXTA)

「腹痛」というと、真っ先に思い浮かぶのは消化器系や腎尿路系の病気ではないでしょうか。しかし女性患者の場合は、婦人科系の病気が疑われることも決して忘れてはいけません。TwitterやYouTubeチャンネル「ぽいぽんch」で積極的に情報発信を行う剣木憲文医師が、「性器クラミジア」について解説します。

夜間救急の現場で診た性感染症

それはまだ、私が夜間救急をしていた頃のことです。発熱、腹痛を訴える、20歳代女性の患者さんが来られました。まずはよくあるウイルス性腸炎や腎盂腎炎(じんうじんえん)などを疑いましたが、検査を進めていくとそれらは否定的でした。

 

気づくと熱は39度まで上昇し、脈拍は100を優に超え、頻呼吸が見られ、血液検査では炎症を示すCRP値が20を超えていました。

 

困り果てた私は上級医に相談し、看護師の見守る中直腸の診察をしてみました。すると、子宮頚部のあたりを押してみたときに、それまで意識朦朧(もうろう)としていた女性がしっかりと顔をしかめているのが見えました。産婦人科の先生にご連絡し、内診、各種検査、抗生剤投与をしていただきました。

 

そして後日、クラミジアによる骨盤内感染症であったことが確認されたのです。

腹痛の原因が「性病」という盲点

腹痛というと消化器系や腎尿路系を真っ先に考えてしまいがちですが、女性患者の場合は婦人科系の病気を決して忘れてはいけません。救急の現場で古くから言われる、「女性を見たら妊娠を疑え」(令和の現代にはあまり品の良いフレーズとは言えませんが、私たちは必死にそれを頭に叩き込みました)というのは当時も頭の中にはありましたが、同時に「性病も疑わなければいけない」、そう心に刻まれた症例経験となりました。

世界で最も多い性感染症、クラミジア

性病の中でもクラミジアは世界で最も多く、前述のように単に性器の病気というだけにとどまらないため、注意が必要です。981医療施設が参加した令和2年の定点調査では男女を合わせた総数で28,381件と記録されています。同条件で他の性感染症の年間件数と比較すると、圧倒的にクラミジア感染症が多いことがわかります(図表1)。

 

出所:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/topics/2005/04/tp0411-1.html)
[図表1]性感染症報告数(定点調査) 出所:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/topics/2005/04/tp0411-1.html)

性感染症クリニックでは「約5人に1人」が罹患

2020年11月から2022年1月までの1年2ヵ月間において、当院でクラミジアのPCR検査を受けた方は3,838例であり(治癒検査として来られた方は除外)、陽性者数は525例、陽性率は13.7%でした(図表2)。

 

出所:銀座ヒカリクリニックのデータより
[図表2]クラミジア尿道炎、子宮頚管炎、咽頭炎の検査数、陽性者数、陽性率 出所:銀座ヒカリクリニックのデータより

 

咽頭に感染する方は性器ほど多くないので、性器に限定すると性器クラミジアの陽性率は19.4%(約5人に1人)という結果です。しかし、これはもちろん自然な罹患率ではなく、当院のような性感染症専門のクリニックに訪れる、比較的若くて性的にアクティブな人たちの中で、というバイアスがかかっていることを忘れてはいけません。

男性患者では27.6%、女性患者では36.8%が無症状

性器クラミジアの症状は、男性であれば尿道のムズムズ感、透明な膿、陰嚢の痛み、女性であれば外陰部のかゆみ、おりもの増加、不正出血、下腹痛などがありますが、無症状のことも多いです。当院のデータでは、男性・女性における無症状のクラミジア尿道炎、頸管炎はそれぞれ、27.6%、36.8%であり、無症状に関しては若干女性のほうが多いという結果でした(図表3)。

 

集計対象:2020年11月~2021年10月までの間に銀座ヒカリクリニックで検査を受けた441名 出所:銀座ヒカリクリニック
[図表3]性器クラミジアPCR検査 陽性患者における症状の有無 集計対象:2020年11月~2021年10月までの間に銀座ヒカリクリニックで検査を受けた441名
出所:銀座ヒカリクリニック

性器クラミジアの下腹痛はどんな痛み?

冒頭のような重症例は当院のような小さなクリニックではほとんど診ませんが、若干の下腹痛を訴える女性はおられます。「生理痛に似ている」という方が多く、小生は男子ですのでその痛みがどのようなものか承知しておりませんが、一度クラミジアを経験した患者さんの中でも、敏感な方は「これは前回クラミジアにかかったときと同じ」とか「この痛みはクラミジアとは違う」などと言い当ててしまうこともあるくらい、独特な痛みのようです。

 

そのかすかな「下腹痛」に気づける方は、子宮頚管炎として通院治療で事足りるわけですが、気づかずに、性器から身体の上のほうへと(“上行性”と言います)感染が波及していくと、卵管炎、骨盤内感染症、肝周囲炎などに発展することもあります。炎症が波及すると、発熱、炎症の値が顕著となり、救急外来に駆け込んだり、救急搬送されたりしてしまうほどの重症例となります。

性器クラミジアが不妊症につながるのはなぜ?

卵管炎は、後遺症として不妊症の原因となることが知られています。卵管内の上皮細胞の障害により受精卵の通過障害が起きたり、卵管筋層の傷が治る際の瘢痕化(はんこんか)(膠原繊維増殖)により内宮の狭小化が起こり、卵の輸送障害が起きたりします(『性感染症 診断・治療ガイドライン2020』)。骨盤内全体の癒着により子宮や卵管の可動性障害も不妊の原因となり得ます。

無症状でも検査を受けることが大切

このようにクラミジアの重症化や不妊症などの最悪の事態にならぬよう、性行為を一度でもしたことのある人は、日ごろから性病の検査を受けることがとても大切です。無症状で保菌する人が多いことからも、おりもの等の症状があってもなくても、検査を受けることをおすすめします。たとえばパートナーが変わったとき、ピルを取りに行ったとき、子宮頚がんの検診に行ったときなど、ふとしたときにクラミジアの検査をぜひ受けるようにしてみてください。

 

 

剣木 憲文

ぽいぽんchこと、性感染症内科医ノリ

銀座ヒカリクリニック 院長

医師、放射線科医学博士/診断専門医、IVRist/日本性感染症学会認定医

 

性感染症で悩める患者さんに一筋の『ヒカリ』となれれば、というサポーティブな願いを込めて、令和元年11月1日に銀座ヒカリクリニックを開院。診療の傍ら、Twitterで性感染症の質問を受け付けたり、YouTubeチャンネルでは性感染症の勉強動画を配信したりなど積極的に情報を発信している。

※本記事は、オンライン診療対応クリニック/病院の検索サイト『イシャチョク』掲載の記事を転載したものです。