(※写真はイメージです/PIXTA)

「最近体重が減って」「疲れやすくなったと思ったら、健康診断で、貧血と言われました」。齋藤宏章医師は、このような訴えで外来を受診される患者さんには一度、大腸内視鏡検査を受けることをおすすめしているといいます。なぜなら、日本人に多い“大腸がん”が隠れていることがあるからです。今回は大腸がんの分野で発展している「薬物治療」や診断の一端を見ていきましょう。

大腸がんの薬物治療に関する「衝撃的な論文」

■「薬物治療だけ」で12名全員の大腸がんが消失!?

2022年6月、世界主要医学誌の一つ『ニューイングランド・ジャーナルオブ・メディスン誌』に、大腸がんの薬物治療に関する衝撃的な論文が掲載されました。それは「ドスタルリマブ」という免疫チェックポイント阻害薬(抗がん剤の一種)の進行大腸がんへの効果を確かめる治験の結果でした。

 

ミスマッチ修復遺伝子という特定の遺伝子欠損が認められるステージⅡあるいはⅢの直腸がん患者さん12名が、6ヵ月間、3週ごとにドスタルリマブの治療を受けたところ、6ヵ月後には全員の腫瘍の消失(臨床的寛解)が認められた、というものです。治療後は6ヵ月~最長25ヵ月間の観察が行われましたが、再発は起きなかったため、治験薬終了後に予定されていた追加の放射線化学療法や手術は必要とされませんでした。

 

これは治験の中でも「第2相試験」という開発の中途段階の研究結果ではありましたが、衝撃を持って受け止められました。なぜならば現在の治療では、原則として大腸がんを薬物のみで治すことは難しい、とされているからです。もちろん少ない人数を対象として短期間の様子を報告した結果に過ぎないとはいえ、薬物治療の可能性を感じさせる報告でした。

大腸がんの薬物治療開発が進んでいる背景

■世界全体で年間193万人が大腸がんに罹患

近年、大腸がんの薬物治療の開発には目を見張るものがありますが、その背景には、遺伝子レベルでの大腸がんの病態の解明に加えて、世界中でいまだに最も多いがんの一つであり続けている、という事実があります。

 

国際がん研究機関(IARC)の統計によると、2020年には世界全体で193万人が大腸がんに罹患したと報告されており、世界で3番目に多く発症するがんとなっています。日本では年間で約15万人が診断されており、がん死亡者数別では、男性では約2万7千人と肺がんに次ぐ2番目の多さであり、女性では2万4千人とトップを占めていました(2020年の国立がん研究センター公表統計による)。

 

大腸がんは、ヨーロッパやオーストラリア、アメリカ、日本を含む東アジアに多いとされており、いわゆる欧米化した食事、肥満、運動不足、喫煙、アルコールの多量摂取や加工肉の摂取が発症のリスクになっていると言われています。

 

■ただし、先進国における罹患率・死亡率は減少傾向

日本では年々、大腸がんの罹患者数や死亡者数そのものは増加しています。しかし一方で、大腸がん自体は高齢になるほど発症や死亡が起こりやすい傾向にあります。日本の人口の高齢化を考慮して全体の傾向を補正して計算すると、1995年頃から罹患率は横ばい、死亡率は減少傾向にあります。

 

実際、日本はアメリカやフランスとともにここ10年間で発生率も死亡率も低下している国に分類されています。先進国での罹患率の低下は、より健康的な生活習慣の確立(喫煙率の低下など)や、検診の普及による効果と言われています。また、先進国における死亡率の低下には、大腸がんの治療成績の向上が貢献しているとも言われています。

大腸がんの薬物治療開発、その最新事情とは?

■「遺伝子変異に焦点を当てた薬物治療」の開発

治療成績の向上には、近年の薬物療法の開発が貢献しています。大腸がんは内視鏡治療、外科的手術、放射線治療、化学療法(薬物療法)などを戦略的に組み合わせて治療を行うことになりますが、ここでは特に「薬物療法」に焦点を当てていきます。

 

手術が行えない進行期の大腸がんに対しては、1990年代までは殺細胞性の抗がん剤のみが治療の主力でした。これらは5-FU、イリノテカン、オキサリプラチンといった薬剤です。

 

2000年代に入ってからは、分子標的薬と呼ばれる新薬が登場するようになりました。これはがんの特定の構造や、遺伝子を治療のターゲットとして開発された薬剤で、VEGF(血管内皮増殖因子)阻害薬、EGFR(上皮細胞増殖因子受容体)阻害薬と呼ばれる薬剤です。

 

特にEGFR阻害薬は、大腸がんの特定の遺伝子の変異の有無によって薬剤の効果が異なります。そのため日本では、大腸がんの薬物治療を行う前にがんの遺伝子変異を検査することが、日常診療でも取り入れられるようになりました。

 

これらを殺細胞性の抗がん剤と併用することで、生存期間のさらなる延長が行えるようになり、現在では単純計算でも十通り以上の治療薬の組み合わせから、患者さんの状態やがんの性質に合わせて初回治療薬を決定していくことができます。また、初回治療でがんが進行した場合にも、薬剤の組み合わせを変えることによって次の治療の選択が可能となり、治療を継続できる時間が増えています。

 

近年、海外では特にこの分子標的薬の開発競争が勢いを増しています。たとえば、米国のAmgen社はKRAS遺伝子G12C変異を有する大腸がんに対して、KRAS阻害薬「ソトラシブ」を開発しています。EGFR阻害薬「パニツムマブ」との併用による大腸がん治療の治験を実施しており、2022年9月に発表された治験結果では、過去に薬物治療歴のある40名の大腸がん患者に対する奏功率が30%であったと報告しています。

 

一方、Amgen社の競合となるMirati社が開発している、同じくKRAS遺伝子阻害薬である「アダグラシブ」は、EGFR阻害薬「セツキシマブ」との併用で44名の患者に対する奏功率を46%と報告しており、やや結果が良いようです。

 

両者の最終的な治験結果には注目が集まっています。ソトラシブやアダグラシブは、日本では大腸がんの治療薬としては承認されていない薬剤ですが、今後の開発や日本での薬剤承認が期待されています。

 

 

また、冒頭で紹介した「免疫チェックポイント阻害薬」という新しい種類の薬物治療の開発も進められています。日本では2018年12月から免疫チェックポイント阻害薬「ペムブロリズマブ」が、2020年2月には同じく「ニボルマブ」が大腸がん治療に用いることができるようになりました。さらなる新しい免疫チェックポイント阻害薬の登場や、他の薬物治療との組み合わせが治療効果を向上できるかが注目されています。

大腸がんの診断方法にも最新研究が応用されるか?

■「手術後の再発リスク」を採血で診断できるようになる!?

診断や大腸がん治療後の再発リスクの評価においても、最新の研究が進んでいます。最近では、大腸がんなどの腫瘍がある場合には血中に循環DNA(ctDNA)が検出できることが明らかになりました。これは、血液から得られる細胞のゲノム解析をすることで検査を行うことができ、リキッドバイオプシー(liquid biopsy)と呼ばれています。

 

ctDNAは特に、大腸がんの再発や他の臓器への転移のリスクがある場合に検出されることが多いのではないかと報告されており、ctDNAを計測することで、大腸がんの手術後に追加で行われる化学療法の必要性を評価することが試みられています。

 

手術後に行われる化学療法は、大腸がんの再発リスクを抑える効果が期待できる一方で、抗がん剤による副作用の問題もあり、真に必要とする人の選択が重要です。

 

2022年6月に『ニューイングランド・ジャーナルオブ・メディスン誌』に掲載された研究では、ステージⅡの大腸がんの手術が行われた455人の患者に対して、従来の方法による術後の化学療法の必要性の評価と、ctDNAが検出された場合のみ化学療法を行うようにする方法が比較されました。

 

治療後2年間の再発率はそれぞれ7.6%と6.5%であり、ctDNA法の評価による再発率は従来の評価法と遜色なく、加えて、化学療法が必要な患者をより厳選できるというメリットが示されました。大腸がんの手術後に、血中からctDNAが測定されない場合には追加の化学療法を不要にする、という新たな診断の可能性が示されています。

ただし、何よりも大切なのは「早期発見」

■ステージ0の大腸がんは内視鏡治療で治る可能性大

このように、大腸がん治療に関わる研究は日進月歩で進んでいます。しかしながら、やはり早期の発見や治療が重要であることには変わりはありません。治療方法の目覚ましい開発ぶりにもかかわらず、現時点では薬物のみで大腸がんを治すことは困難です。

 

一方で、大腸がんは、早期発見であれば治る可能性が高いがんの一つです。国立がん研究センターの統計では、内視鏡治療が可能なステージ0の大腸がんでは5年生存率は97.3%と報告されており、この段階で治療を行えれば治る可能性が高いことが分かっています。また、がんの前駆病変であるポリープの切除を行うことによっても、大腸がんの発生を予防することができます。

 

ポリープや早期の段階の大腸がんでは症状が出ることは稀ですから、便による検診や検診に異常がある場合には内視鏡検査を適切に受けていく、ということを実施していくことが重要です。

 

 

齋藤 宏章

相馬中央病院 内科

日本内科学会 認定内科医

日本消化器病学会 消化器病専門医

 

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※本記事は、オンライン診療対応クリニック/病院の検索サイト『イシャチョク』掲載の記事を転載したものです。