本記事では、ニッセイ基礎研究所の天野 馨南子氏が、「合計特殊出生率」と「少子化」の関連性について考察していきます。
都道府県の合計特殊出生率、少子化度合いと「無相関」~自治体少子化政策の誤りに迫る (写真はイメージです/PIXTA)

人口移動を勘案しないでTFR高低比較

先進諸国の中でも、エリア外からの人口の移動(すなわち移民)立国の筆頭格にあるのがカナダである。カナダは1869年に移民法が可決されて以来、長年にわたり多くの移民を受け入れてきており、毎年20~30万人を超える移民を受け入れ、コロナ禍の2021年には過去最多の40万人超の移民を受け入れて世界に「移民の国カナダ」を改めて知らしめた。

 

このカナダの2020年におけるTFRは、1.4と低値である(世界銀行)。しかし、カナダの総人口は増加の一途となっている。就労等の移民資格を持つ成人男女が移民として入国するから当然だろうと思うかもしれないが、人口ピラミッドにおいて、20代より下の人口でみても人口減(少子化)していない*1。女性一人当たりが産む子供数が2人を切れば(男性人口は出産できないため)、親世代と同じ数の子世代は生まれてこないはずである。ゆえに、TFR高低だけで考えるならば少子化するはずであるのに、どうして出生数が減少しないのか。

 

その理由は極めて単純明快である。大量の移民を含めた女性がカナダ国内でカップリングし、出産するからである。カナダ観光局のホームページ*2には、「カナダは若者の多い国で、人口の21%が移民、つまり5人に1人は外国生まれとなっています。移民の過半数はアジア出身です。」とある。多様性と寛容な国を謳うカナダらしい文言である。

 

同国はほかの先進諸国同様、少子高齢化の潮流にあった中、多様性や寛容性を人口政策として謳い、結果として人口誘致により若い世代が移民として流入した*3。カナダで生まれていない(つまり過去のカナダの低出生率とは無関係な)若者がカナダに流入することによって人口は増加し、その一部が次世代の親となっていく。

 

同国のTFRは2008年以降、低下し続けている(世界銀行)が、出生数は出生率をかける「母数人口」の大きさで確保されるので、若い移民が大量流入する中で、少子化(子供数の減少)の問題は生じていない。

 

TFRの高低で、あるエリアの少子化度合いが測定できないケースとして、(1)未婚率の高さがTFR低下をもたらしており、なおかつその背景に(2)若い未婚女性のエリアへの流入がある、というセットの構造があることを理解されたい。つまり、TFRで出生数の増減を比較するには「比較する期間において、女性の母集団人口がエリア外との移動により、大きく変動することがない」、ということが必要不可欠な条件となるのである。

 

エリア内の人口が、エリア外へ流出または流入することにより増減したTFRを以前のTFRと単純に比べることは、内容が「違うもの」を比較しているようなものだ。わかりやすく例えるならば、糖度比較をしているが、それはリンゴとミカンの比較である、という状況に近い。女性人口が流出することによるTFRへの影響を、可視化したものを以下に示しておきたい。域内の少子化政策にかかわらず、女性人口の移動で出生率が変化することが理解できるだろう。

 

 

未婚女性人口がエリア外へ転出超過する状況にある自治体では、それだけでTFRが高くなる傾向が発生する。また、カナダの例で気づいた読者も多いと思うが、若い女性を大量に受け入れている東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)といったエリアは、域内少子化政策にかかわらず相対的にTFRは低い傾向となる。

 

*1:本稿はカナダのレポートではないので、詳細は総務省「世界の統計2020 (stat.go.jp)」等を参照いただきたい。人口ピラミッドは21ページ、人口の推移は25ページ。

*2:https://media.canada.travel/ja-JP/resources/canada-in-brief#:~:text=%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E7%B5%B1%E8%A8%88,%E9%81%8E%E5%8D%8A%E6%95%B0%E3%81%AF%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E5%87%BA%E8%BA%AB%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82

*3:こちらもカナダのレポートではないので簡潔に示すが、カナダへの移民許可は諸々の条件のポイントの積み上げで構成されるスコア制による。移民政策は優秀な人材確保と少子高齢化対策をかねているため、過去の報道などをたどると、若い世代の入国を優先する傾向が垣間見える。