(※写真はイメージです/PIXTA)

乳腺外科医の尾崎章彦医師は、日々乳がんの診療を行う中で、患者からしばしば「コロナワクチンの追加接種は受けたほうが良いですか?」という質問を受けると言います。乳がんをはじめとする「がん」は、基礎疾患の一つとして、確かにコロナワクチンの接種を推奨される人々です。とはいえ実際のところ、ワクチン接種によってどれだけの予防効果を得られるのでしょうか? がんを有さない一般成人に比べて、効果に違いはあるのでしょうか。イギリスの大規模調査を基に解説します。

がん患者は新型コロナワクチンを打っても良い?

最近は、新型コロナウイルス感染症による感染者・死者いずれも日本において減少しつつあります。様々な要因が考えられますが、ワクチンの恩恵も一つ理由として挙げられます。これまで、日本においては、ファイザー社あるいはモデルナ社が販売するmRNAワクチンが主に使われており、2回のワクチンの接種を終え、3回目のブースター接種を受けたという方々も少なくないはずです。すでに議論は4回目の接種の対象をどこまで広げるかという点に移っています。

 

当然、筆者も、日常診療の中で、自分が担当する乳がん患者から、「新型コロナウイルスのワクチンを打って良いですか」、あるいは、「3回目の接種を受けたほうが良いですか」といった質問をしばしば受けてきました。このような質問に対して、筆者は、原則「受けるようにしてください」と答えるようにしています。

 

その根拠は、新型コロナウイルスのワクチンをがん患者に対して実施した場合に重篤な副作用が認められていないこと、そして、がん患者は免疫機能が弱っており、新型コロナウイルスに感染した際の重症化リスクが高いことです。筆者が診療を行っている福島県いわき市においては、60歳以上の方々や、基礎疾患がある住民に対して、4回目の接種が開始されています。一般に、乳がんは基礎疾患としてカウントされますので、上に挙げたような患者さんの質問に答える日々はまだまだ続きそうです。

今年6月1日、英医学誌が「極めて重要な論文」を発表

そのような状況にある筆者が、参考にできそうな論文が、2022年6月1日に、イギリスの一流医学雑誌であるランセット腫瘍学版に発表されました。これは、がん患者における新型コロナウイルスワクチンの効果を調査した大規模な調査であり、具体的には、主に、2回のファイザーワクチン、あるいは1回のアストラゼネカ社のワクチンを接種したがん患者を対象に、一般成人と比較した際の新型コロナウイルス感染症(いわゆるブレイクスルー感染)への予防効果を調べています。

 

この調査は、オミクロン株ではなくデルタ株が主流だった時期に実施され、入院や重症化の予防効果ではなく、主に感染予防効果を評価しています。その点、一見「周回遅れ」のようにも思われるのですが、実は極めて重要な論文と言えます。というのも、新型コロナウイルスのワクチンが、がん患者に対して実際にどの程度の効果があるかという点については、これまで、十分なデータが存在しなかったからです。

 

最大の理由は、がんの診断を過去に受けているような方々は、多くの場合、ワクチンの販売を目的として製薬企業が実施する臨床試験から除外されていたためです。もちろん、一刻も早くワクチンが人々に行き渡ることを目的にこれらの試験が実施されていたことを考えれば、やむをえない事情と言えるでしょう。

 

ただ、その結果として、がん患者に対する新型コロナウイルスワクチンの効果については、これまでコンセンサスが得られていませんでした。無論、その先にある、がん腫ごとの効果の違いや、薬物療法や放射線治療中にワクチンを接種した際の効果、診断からワクチン接種までの期間がワクチンの効果に与える影響、入院や重症化の予防効果などの疑問も十分に答えられていなかったことになります。今回の論文は、そのような様々な疑問に対して、現段階では、かなり信頼性のある答えを提示していると言えます。

がん患者のコロナワクチン接種、効果はどれくらい?

さて、今回の調査においては、2020年12月から2021年10月に英国で新型コロナウイルス感染症に関して実施されたPCR検査のデータベースを、ワクチン接種や患者背景、がんの診断に関するデータベースと統合することで、解析用のデータベースが構築されました。そして、がん患者と一般成人のそれぞれにおいて、ワクチンを接種していない場合と比較してワクチンを接種した場合にどの程度新型コロナウイルスへの感染を抑えることができるかという観点から、ワクチンの効果が推定されました。

 

その主要な結果は以下になります。まず、がん患者におけるワクチン接種の効果ですが、一般成人(28,010,955人が対象)におけるワクチンの効果は69.8%でしたが、がん患者(377,194人が対象)においては65.5%でした。すなわち、全体として、がん患者におけるワクチンの効果は一般成人に対して効果は低いものの、その差は比較的小さいと言えそうです。

 

ただ、時系列で効果を見ていくと、その印象は大きく異なります。すなわち、ワクチン接種後0から8週間においては、がん患者におけるワクチンの効果は90%程度と高い水準にありました。この時期に、一般成人における効果が80%を下回っていたことを考慮すると、がん患者において、少なくとも一般成人と同等の効果があったとは言えそうです。一方で、がん患者におけるワクチンの効果は経時的に大きく変化します。すなわち、がん患者における効果は、接種から9から16週目に低下し、この時期に一般成人における効果を下回るようになります。そして、16週以降には、がん患者における効果は、40%程度まで低下します。一方で、一般成人においては、16週以降も60から70%前後と比較的高い効果が維持されました。

 

ちなみに、がん患者の特徴ごとの解析も実施されています。特に、血液がん(白血病など)での効果が、肺がんや乳がんなどと比較して25%程度低いこと、抗がん剤療法や放射線治療にワクチンを接種した患者での効果は、そのような治療を受けていない患者と比較してそれぞれ10%程度低いこと、診断から1年以内のがん患者における効果は、診断から1年以上経過したがん患者と比較して10%程度低いことなどが明らかになっています。なお、ワクチンを接種したがん患者では、新型コロナ感染症による入院リスクや死亡リスクが、それぞれ85%、94%低下しており、ワクチンは、がん患者においても、重症化を予防することが示唆されました。

がん患者はワクチン接種の必要性が高い

この結果からどういったことが言えるでしょうか。まず重要な事実は、新型コロナウイルスワクチンは、がん患者においても一定の効果があるということです。ですから、がん患者においても、やはりワクチンを接種すべきと言えます。

 

加えて、がん患者は、追加の対策の必要性が高い集団と言えます。なぜならば、がん患者において、ワクチンの効果は早期に低下しますし、薬物療法や放射線治療中にワクチンを接種した場合、さらにその効果が低下してしまうからです。

 

一つの対策はブースター接種です。今回の論文は、がん患者における3回目、4回目の接種の効果について特に定まった見解を示していませんが、米国CDCの指針などを考慮すると、対策の一つとして前向きに検討すべきだろうと考えます。

 

また、論文の中で、著者らは、がん患者において、マスク着用などの予防策を推奨しています。現在、日本においても、マスクを外すべきかという議論が、日々マスコミを賑わせています。夏になり、熱中症などのリスクが存在することも事実ですが、今回の議論を参考にすると、がん患者においては、マスクの着用をしばらく続けたほうが良さそうです。がん患者の方においては、熱中症なども含め、様々な健康リスクとうまくバランスをとりながら、健康を維持していっていただきたいと考えています。

 

 

尾崎 章彦

常磐病院 乳腺外科医

 

 

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※本記事は、オンライン診療対応クリニック/病院の検索サイト『イシャチョク』掲載の記事を転載したものです。