(※写真はイメージです/PIXTA)

集中力や記憶力といった脳の働きをアップさせ、慢性疾患の予防にも役立つ…近年話題の「ブレインフード」について、米国在住の大西睦子医師が解説します。

「ブレインフード」で脳を活性化させよう

脳を活性化させる「ブレインフード」ってご存じですか?

 

2022年3月の学術誌『ネイチャー』(※1)に、ルクセンブルク保健研究所(LIH)の食品化学者かつ栄養学者トルステン・ボーン博士らが、「研究室で長時間働いていると、健康的でバランスのよい食生活を送ることは難しいかもしれませんが、そうすることで生産性が高まります」と指摘しました。

 

そして博士らは、研究者のための9つの「ブレインフード」のヒントを伝授しました。研究者だけでなく、日々忙しくしている皆さんの食生活にもぜひ取り入れていただきたく思います。

 

※1 https://www.nature.com/articles/d41586-022-00763-7

心身が疲れると「不健康な食事」に手が伸びがちだが…

■科学者たちの燃え尽き症候群

ボーン博士らは、次のように語ります。

 

「栄養学の研究者として、私たちは同僚や一般の人々に、健康増進のための食事や運動についてよく助言を求められます。ところが、私たちはいつも指導していることを実践しているのでしょうか? 私たちは、健康的な食生活を送るための課題に直面しています。多くの同僚と同じように、長時間労働を強いられているのです」

 

2021年の『ネイチャー』の調査(※2)によると、研究者の3分の1近くが、週に50時間以上働いています。
 

ここでは、「燃え尽き症候群とインポスター症候群(仕事で成功し、客観的に評価されているにもかかわらず、自分自身を過小評価する心理状態)が科学者のキャリアをいかに蝕むか」という議論があります。

 

米国立ヒトゲノム研究所の研究員ティファニー・ロール氏は「世界中の科学者は、文字通り死ぬほど働いた米民衆の英雄ジョン・ヘンリーの訓話から、何かしら学べるでしょう」「科学には、重要な問題の真相を突き止めたいと願う人々が集まる傾向があります。ただし、科学の世界では、完全に解決されることはほとんどありません。好奇心の強さは、ハムスターの車輪の上にいるようなものです。ゴールは、自分で決めない限り、強く定義されないのです」と言います。

 

ロール氏は、「ジョン・ヘンリー主義という言葉は、特に強いプレッシャーを感じている社会的地位の低い人たちに当てはまる言葉です」「競争の激しい分野にいるのに、自分は十分ではない、自分はここにいるべきではない、自分はかろうじて選ばれただけだというメッセージを常に受け取っているのです。自分を証明するために、肩に力が入ってしまうのです」と付け加えました。

 

※2 https://www.nature.com/articles/d41586-021-03042-z

 

■健康的な食生活は心身を整え、優れた研究につながる

ロール氏は2021年、STEM(science, technology, engineering and mathematics〔科学・技術・工学・数学〕を総称する語)の労働力におけるストレス、燃え尽き症候群、「ジョン・ヘンリー主義」に関する論文を共同執筆しました(※3)

 

ボーン博士らは、「このような状況によって、野菜や果物のほうが健康的だとわかっていても、自動販売機のチョコレートバーの誘惑に負けてしまうのです(ちなみに、米国の自動販売機は、チョコデート、クッキー、ポテトチップスなどスナックが販売されています)」「私たち自身や他の忙しい研究者に、いい「ブレインフード」を食べるように促すにはどうしたらよいのでしょうか。私たちの経験では、最強の動機付けは、健康的でバランスのよい食事で、体と心がうまく機能し、より優れた研究につながるということを思い出すことです」と語ります。

 

そして博士らは、研究室でもコンピューター画面の前でも、日々の仕事をこなし、身体と精神を維持し、仕事への活力と意欲を高めるために、以下のようなエビデンスに基づいた独自の「食の戒め」を作りました。

 

※3 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34410372/

健康的な食生活を送るには?「食の戒め」9ヵ条

(1)健康的な間食の時間を見つける

血糖値が急上昇しないように、短い食事休憩を取るようにしましょう。たとえば、3時間おきにフルーツを食べれば、空腹感やカロリーの過剰摂取を防ぐことができます。そして、食事をするときはリラックスしてください。研究のことを考えないようにするのです。研究室で日常的に立っている人は、座ってください。座りっぱなしの仕事が多いなら、立ち上がって、隣の階の同僚に会いに行くなど、ちょっとした散歩をするのもいいでしょう。

 

(2)食事の予定を立てる

仕事のスケジュールに、定期的な食事の時間を記入しましょう。体内時計に合わせた時間帯を選んでください。午後のあまり遅い時間帯でのランチは避けましょう。早い時間の食事は、エネルギーバランス、体重調整、血糖コントロール、睡眠の満足度を向上させます。脳は体内で使う総エネルギーの約20%を消費するため、最適な機能を発揮するために、一定のエネルギーレベルを維持することが重要です。食事に気を配り、ゆっくりと時間をかけて食べましょう。画面の前でサンドイッチを手に取り、むしゃむしゃ食べるのはやめて、体を休めましょう。

 

(3)食事を楽しむ

同僚と一緒に食事をすることで、食事休憩を楽しいイベントにしましょう。自国や地域の料理を交代で作ると、異文化の料理を楽しむことができます。グループで食事をし、その日の出来事について話し合うことで、リラックスし、笑い、有益な情報や経験を共有することができます。

 

(4)食事は計画的に

特に空腹を感じているとき、目や視床下部(空腹感や喉の渇きなどをコントロールする脳の小さな領域)はヘルシーな食事を選びません。その代わりに、甘いもの、塩辛いもの、脂っこいものを選ぶように促します。

 

ですから、食事は事前に計画しましょう。スープ、サラダ、野菜など低カロリーのもの、食物繊維が豊富な加工度の低い食品を積極的に摂るようにしましょう。全粒粉、シリアル、果物、豆類、全粒米、全粒粉パスタなどがあります。

 

これらの食品には、カリウム、マグネシウム、ビタミンC、ビタミンE、ビタミンB群、健康的な脂質、特に不飽和脂肪酸であるオメガ3などの微量栄養素や抗酸化物質も豊富に含まれており、慢性疾患の予防になります。セロトニン、ドーパミン、エピネフリン、ノルエピネフリンなどの神経伝達物質(いずれも良好な脳機能、気分、感情の調節に重要)は、ビタミンやミネラルと同様に、食品由来の前駆物質を合成する必要があります。

 

(5)食生活を多様化する

食事に果物や野菜を多く取り入れ、赤身の肉や肉製品の消費を減らすなど、食の選択を変えることで食欲を刺激しましょう。慢性疾患の発症率が世界でも最も低く、百寿者が多く住む沖縄には「腹八分目」という食習慣があります。ゆっくり食べて、お腹いっぱいにならないようにしましょうということです。

 

(6)インスリンのジェットコースターを避ける

砂糖の過剰摂取は慢性疾患の原因となるだけでなく、認知能力にも悪影響を及ぼす可能性があります。

 

炭酸飲料、スムージー、フルーツジュースなどの砂糖入り飲料は、満腹感が非常に低いのが特徴です。糖分が急増した後、グルカゴン(糖分が少ないときに出るホルモン)だけでなく、グレリン(食欲増進ホルモン)などが働き、低血糖状態になり、再び空腹を感じることになります。

 

人工甘味料を使った甘い飲料(ダイエット飲料)は、あまり効果がないかもしれません。なぜなら、インスリンレベルを調節するのではなく、視床下部の中心で食欲を刺激する可能性があるからです。水、コーヒー、紅茶(フルーツティーを含む)、低脂肪乳、またはどうしても糖分が必要な場合は自家製のフルーツジュースを飲むようにしましょう。

 

(7)水をたくさん飲む

冬は暖房、夏は冷房で空気が乾燥している屋内では、呼吸によって水分が失われやすくなります。多くの保健機関は、1日2リットルの水分摂取を推奨しています。脱水の兆候に注意してください。たくさん飲むと、血液量と脳組織液が増え、血行と集中力が高まります。

 

また、暑さや寒さにも強くなるので、暖かいオフィスや冷房の効いた研究室で仕事をするときに役立ちます。水は、体内のあらゆる生命機能に不可欠な運搬手段です。1日のエネルギー消費量を増やし、満腹感を得ることができます。食事の30分前に水を飲むと、満腹感が得られるので、特におすすめです。

 

(8)ヘルシーな残りものを利用する

あらかじめパッケージ化されたサンドイッチや加工食品は、脂肪分、糖分、塩分、添加物などが多く含まれており、脳のドーパミン報酬系などの神経系を刺激して、強迫的な食行動を誘発します。

 

時間があれば、自宅でヘルシーな料理を一から作ってみましょう。夕食を多めに作って、余った分は翌日の昼食に使うのもよいでしょう。たとえば、伝統的な地中海食は認知機能を高め、認知障害やアルツハイマー病を低減させると言われています。夕食の残り物で作ったお弁当は、包装されたサンドイッチよりも健康的な昼食になるでしょう。

 

(9)減塩

塩分の摂りすぎは、血圧の上昇や脳卒中などの心臓血管系疾患の原因となり、世界中で大きな死因となっています。

 

ただし、塩分はほとんどの食品の味を決めるだけでなく、生命維持にも不可欠なものなので、食事から完全に排除するのはやめましょう。コショウ、クルクマ、ナツメグなどのスパイスで風味をプラスしてみましょう。コショウ、クルクマなどのスパイスには、心血管系疾患のリスクを下げ、総死亡率を低下させる効果があります。

一方、「脳委縮につながる食事」もある

さて、テキサス大学健康科学センター・サンアントニオ校のデボラ・メロ・ヴァン・レント研究員らによる2022年5月のアルツハイマー協会の雑誌の報告(※4)によると、食事による炎症が起こると、脳の体積が小さくなることが確認されました。

 

「食事性炎症指数(Dietary Inflammatory Index:DII®)」は、食事が炎症反応に及ぼす影響を測定するために、サウスカロライナ大学アーノルド公衆衛生校のジェームス・エベール教授らによって開発された文献ベースのスコアです(※5)。スコアが高ければ食事による炎症誘発の可能性を、一方、低いDIIスコアは、食事療法の抗炎症作用の可能性を反映しています。

 

本研究で使用したDII指数は、抗炎症性の栄養素、炎症性の栄養素、自然食品、カフェインなど31の食事成分で構成されています。食事成分は以下のように分類されました。

 

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抗炎症性:アルコール、ベータカロチン、カフェイン、食物繊維、葉酸、マグネシウム、チアミン、リボフラビン、ナイアシン、亜鉛、一価不飽和脂肪、多価不飽和脂肪、オメガ3脂肪、オメガ6脂肪、セレン、ビタミンB6、A、C、D、E、緑茶・紅茶、コショウ、ニンニク

 

炎症促進:ビタミンB12、鉄、炭水化物、コレステロール、総エネルギー摂取量、タンパク質、飽和脂肪、総脂肪

 

*注:抗炎症・炎症促進の観点のみで分類しており、必須栄養素の観点は考慮していません。また、上記は適量摂取した場合の分類であり、少量あるいは大量摂取した場合には結果が変わる可能性があります。

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対象は、フラミンガム研究(Framingham Heart Study Offspring)の参加者1,897人。平均年齢は62歳、約54%が女性、23%がアポリポ蛋白Eε4(APOE4)対立遺伝子(アルツハイマー病のリスク遺伝子)を持っていました。なお認知症、脳卒中、重大な神経疾患のある人は除外されました。参加者は、食事頻度についてのアンケートに回答し、脳MRIスキャンを受けました。アンケートのデータは10年間に数回集められ、DIIスコアは平均7年間にわたり平均化されました。

 

結果、DIIスコアが高いほど、つまり炎症性食品が多いほど、灰白質(神経細胞が集まるところ)の体積が小さく、側脳室体積が大きいことも関連していました。「脳を含む全身の炎症過程は、食事によって影響を受ける可能性があり、脳の老化に重要な寄与をすることにつながる」と、研究者らは考察しています。

 

上記はあくまで適量接種した場合の分類ですが、「アルコールに抗炎症作用がある」という結果には驚きです。

 

いかがでしょう? さっそく炎症性の少ない素材を利用して、「食の戒め」を実践してみてください。

 

※4 https://alz-journals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/alz.12685

※5 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23941862/

 

 

大西 睦子

内科医師、医学博士

星槎グループ医療・教育未来創生研究所 ボストン支部 研究員

 

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※本記事は、オンライン診療対応クリニック/病院の検索サイト『イシャチョク』掲載の記事を転載したものです。