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「乳房の痛み」が気になって受診する人は結構多い
「胸にちくちくとするような痛みがあり、受診しました」
「先週、胸の外側のほうに痛みがありました」
乳腺疾患の診療に携わるようになって驚いたのは、乳房の痛みや違和感を主訴に受診される方々が、思いの外、多いことです。実際、ある統計においては、乳腺外来を受診する初診患者の20%が、乳房の痛みによるものであったと報告されています。
もちろん、そのような女性の大部分が心配しているのは、乳がんです。しかし、筆者ら乳腺外科医の間においては、ほとんどの乳房の痛みは、乳がんとは関係しないということが知られています(代表的な乳がんの症状は、乳房のしこりや乳首からの出血です)。
乳房痛が生じる代表的な原因は、女性ホルモンの周期です。たとえば、月経前には乳房が張りやすくなります。そして、それを、しばしば乳房の痛みとして自覚することが知られています。このような知見は、乳がんの基本的な知識として教科書等に記載されています。そのため、かつての私もそれを字面のまま捉えて、診療に従事していました。しかし、結果的に乳がんが見つかり、肝を冷やしたことが少なからずあります。
「乳房の痛み」が「乳がんと無関係」とは言い切れない
中には、よくよく話を聞けば、「もともと乳房のしこりを自覚していて、新たに痛みを自覚したために受診した」といったパターンもあります。実際、しこりが急速に増大する場合などは、しこりの周囲の組織が圧排されて、乳房の痛みを自覚することも多いように感じます。一方で、過去の研究においては、乳房のしこりをまったく自覚しておらず、乳房の痛み単独であっても、0-3%において乳がんが指摘されたことが報告されています。
その結果、現在の筆者は、乳房の痛みで受診した女性についても、乳がんがないことを証明するために、より慎重に検査を実施するようになりました。すなわち、よほど乳がんではないという確信がない限りは、全例、マンモグラフィーや超音波検査などの一通りの検査を実施するようにしています。不安の強い患者さんも多いので、検査を実施することで、患者さんの不安を和らげることができるとも考えています。
では、乳房痛に「専門的な検査」は必須か?
ただ、筆者が勤務する医療機関のようにスタッフや資源が限られている施設においては、そのような対応には問題があることも感じています。すなわち、限りある医療資源が乳がんとは関係性が乏しい症状に使われることで、乳房のしこりや血性分泌など、より乳がんとの関連が強い症状をもつ女性の治療が遅れる可能性があるのです。
実際、イギリスの医療システムも、同様の課題を抱えていることが報告されています。イギリスにおいては、乳腺外科への新規受診患者受診が年々増加し、過去10年間で2倍の70万件に至ったと報告されています。一方で、同時期に乳がんの新規診断は1.14倍に増加しているのみです。すなわち、新規患者の大部分は乳がんではなかったのです。さらに、そのような新患患者の受診理由としては、乳房の痛みが多かったことが報告されています。
イギリスにおいては、医療システム上、乳腺外科などの専門医を受診するには、まずかかりつけ医を受診する必要があります。ですから、これは、かかりつけ医も乳房の痛みの判断に苦慮していることを示唆しています。
以上のような背景のもと、イギリスにおいて、乳房の痛みをテーマとして実施された調査が、2021年11月の「英国一般内科雑誌」に掲載されています。ここでは、その概要をご紹介しましょう。この調査は、1年間にある乳腺外科クリニックを受診した10,830人の女性すべてを対象としました。
患者の症状を調べたところ、10,830人の女性のうち、1,972人(18%)が乳房痛、6,708人(62%)がしこり、480人(4%)が乳頭(乳首)症状、1,670人(15%)が「その他」の症状で受診していました。調査の結果、乳房の痛みを主訴として受診した女性では、わずか0.4%(8/1,972)に乳がんが見つかったに過ぎなかった一方で、しこりで受診した女性の5.4%(360/6708)、乳頭症状で受診した女性の5.0%(24/480)、その他の症状で受診した女性の5.1%(86/1670)において、乳がんが指摘されました。このように、乳房の痛みを主訴として受診した女性においては、他の症状で受診した女性と比較すると1割未満の確率で乳がんが見つかるのみだったのです。
また、この調査においては、費用対効果の観点からも分析が行われています。すなわち、乳房の痛みを主訴にかかりつけ医を受診した女性において、かかりつけ医自ら「乳がんの可能性が低い」と伝えて様子観察を行う場合と、乳腺専門クリニックに紹介する場合を、費用と効果のバランスから比較しています。その結果、本調査においては、前者に軍配が上がっています。すなわち、紹介を行ってもコストがかかる一方で(262ポンド=約42,000円)、患者さんにとって健康上のメリットがないという結果だったのです。
乳房痛で受診するときの注意点
今回の調査結果を実臨床でどのように利用すればいいでしょうか。英国と日本においては、医療システムが異なることもあり、そのまま応用することは難しいように思います。
特に、日本においては、乳腺診療を専門としない医師が、乳腺外科に紹介を行わずに、自分で乳腺の症状を持つ患者のフォローアップを行うという状況は想定しにくいです。というのも、日本においては、専門的な外来についても、多くの場合、患者が直接予約を取得できるからです。そのため、患者としては、専門の医師を紹介してもらえなければ、自ら予約を取り、その足で専門の医師を受診すれば事足りるのです。
ただ、この結果を慎重かつ部分的に取り入れてあげることで、乳房の痛みについて、より良い対応に結びつく可能性があります。
特に参考になるのが、症状ごとに乳がんの診断の可能性について指摘した部分です。筆者の考えでは、この調査結果を見れば、乳房の痛みを自覚して受診する患者さんの中には、もしかしたら専門的な検査を受けなくても良いと判断する方もいるかもしれないなと感じます。医学的には、定期的にマンモグラフィーを受けている方々や、乳房のしこりや乳頭分泌など、“乳がんとの関連が強い症状”がない方々が対象になるように思います。
ただ、そのような場合であっても、患者さんの立場で忘れて欲しくないのは、担当の医師と、痛み以外の症状が出たときの対応などについて、細かく取り決めを定めておくことです。現在は、Shared Decision Makingと言って、医療者と患者が協力して、治療方針を決定することが重視されています。担当の医師とも、自分が上記のような対応の対象となるのか、よく相談してみてください。
尾崎 章彦
常磐病院 乳腺外科医
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