日本は傾斜地の多い国で、国土の7割近くが中山間地域に含まれています。雑草学博士の小笠原勝将氏は、本記事にて「もし、地面が植物で覆われていなければ土壌は瞬く間に雨で流されてしまい、生活環境は危機的な状況に陥ってしまう」と述べています。今回は、土壌保全を担う「雑草」の知られざる有用性について解説していきます。
国土の約7割が中山間地域の日本…「土壌保全は雑草が担っている」という真実 (※写真はイメージです/PIXTA)

【関連記事】江戸末期まで日本に「雑草」という概念が存在しなかったワケ

日本は傾斜地が多く、国土の7割近くが「中山間地域」

日本は傾斜地の多い国で、国土の7割近くが中山間地域に含まれています。もし、地面が植物で覆われていなければ土壌は瞬く間に雨で流されてしまい、生活環境は危機的な状況に陥ってしまいます。

 

以前、中国の黄土高原と呼ばれる日本の国土面積の1.5倍もあるところで、沙漠の緑化研究に携わったことがありますが、あの荒涼たる風景を思い出すたびに、雑草の最たる有用性が土壌保全ではないかという気がしてなりません。


 

[図表1]鉱山跡地と水田の法面(小笠原)

 

道路建設や小さな水田を大型の水田に変える基盤整備などの工事で出現する傾斜地は法面と呼ばれ、土壌を盛った盛土法面と土壌を削った切土法面に分けられます。

 

盛土法面では土中の埋土種子集団から多くの雑草が生えてきますが、図表1に示すように、土壌が痩せていて埋土種子集団が形成されていない切土法面からは雑草はほとんど生えてきません。

 

このような場所では、地表面が雨水で洗掘されて溝が形成されるガリー侵食(gully erosion)が起こりやすいために、地表面が何らかの植物で被覆されていなければなりません。

 

被覆植物には、根系を土中に縦横無尽に張り巡らせて土壌を強く保持する能力だけでなく、どんなところでも生育できる高い環境適応能力が求められます。

 

以下に、筆者らが2003年に栃木県内の水田において、基盤整備の前後で畦畔法面の雑草植生がどのように変わったのかを調べた研究結果を紹介します。

「畦畔法面」の雑草植生に変化はあったのか

[図表2]雑草植生に及ぼす基盤整備の影響(栃木県那須烏山市・小笠原)

 

図表2に示すように、147種もの雑草が基盤整備前の畦畔法面で観察され、その内、帰化雑草は20種で帰化雑草率は13.6パーセントでした。ところが同じ地域において基盤整備3年を経た畦畔法面を調査したところ、雑草の種類は147種から32種に減少し、逆に帰化雑草率は28.1パーセントに上昇していました。

 

[図表3]栃木県那須烏山市の基盤整備前の水田畦畔・法面・水路に形成された雑草植生の生活型(小笠原)


また、基盤整備前の畦畔法面で観察された147種の雑草を生育型で分けたところ、図表3に示すように、栄養繁殖型が3種類、分枝型が32種類、直立型が33種類、つる性が9種類、ロゼット型が43種類、叢生型27種でした。

 

さらに休眠型から分けると一年草が53種類、多年草地表植物が19種類、多年草半地中植物が33種類、多年草地中植物が21種類、水湿植物が17種類でした。なお147種の雑草には毒草は全く含まれていませんでした。

 

細かい説明になってしまいましたが、このデータは一年生雑草から多年生雑草まで、さまざまな雑草が周年にわたって乾燥している場所から湿っている場所まで、あらゆる時期あらゆる場所に生育していることを示しています。

 

[図表4]法面の断面と各部の名称(小笠原)

同じ法面でも位置によって土壌水分や土壌硬度が異なる

傾斜地は図表4に示すように、高い場所から低い場所にかけて天端、法肩、法面、法尻と呼ばれ、天端が固結して硬いのに対して法面は軟らかく、法肩は乾燥しているのに対して法尻は湿っていることから、同じ法面においても位置によって土壌水分や土壌硬度が異なることが分かります。

 

このことは傾斜地全体を植物で被覆するためには、踏圧や乾燥に強い植物から湿った場所でも旺盛に生育する植物まで踏圧や乾燥に強い植物から湿った場所でも旺盛に生育する植物まで多様な植物が必要であり、一種類の植物(雑草)だけでは法面全体を緑化できないことを示しています。

 

このように基盤整備前の畦畔法面の植生は多様性に富んでおり、一年中、さまざまな小型の雑草で被覆されていたために、土壌流亡が未然に防がれていたと考えられます。

「水田法面植生」は自然に出来上がったものではない

多様性はある場所におけるα多様性と、土地利用形態の異なる場所間のβ多様性とその和である地域全体のγ多様性に分けられますが、この場合はα多様性が高いということになります。この多様な水田法面植生はどのようにして形成されたのでしょうか。

 

決して、自然に出来上がったのではなく、農家の人たちが長い年月をかけて、根の張り方や乾燥に対する強さなど、さまざまな観点から雑草を取捨選択して作り上げたものと考えられます。

 

昔は牛馬が農耕用に飼育されていたことから、雑草が家畜の餌になるかどうか、つまり毒かどうかも雑草を選ぶ重要なポイントだったに違いありません。草刈りが毎日行われていたことから、大型の雑草が駆逐されて、小型の雑草に徐々に収斂したと考えられます。

 

さらにゲンノショウコやアヤメも法面に生育していました。ゲンノショウコは薬用として利用されていたでしょうし、アヤメは農作業の疲れを癒すために意図的に植えられたのかも知れません。

種類が多いだけでは「多様性」とは呼べない

単に種類が多いのは多種類であって多様性ではありません。

 

何が多様性かといえば、生き方が多様なのであって、生活様式の異なる雑草が同所的に生育しているからこそ法面(傾斜地)が流されずに済んでいるといえます。

 

多様性に富んだ水田法面植生がクズ、セイタカアワダチソウ、オオアレチノギクなどが優占する単純な植生に変わったのは、基盤整備によって特定の雑草しか生育することのできない切土法面が出現したためと考えられます。

 

*****************************

小笠原 勝


1956年、秋田県生まれ。1978年、宇都宮大学農学部農学科卒業。1987年、民間会社を経て宇都宮大学に奉職。日本芝草学会長、日本雑草学会評議委員等を歴任。現在、宇都宮大学雑草管理教育研究センター教授、博士(農学)。専攻は雑草学。 主な著書「在来野草による緑化ハンドブック」(朝倉書店、共著)「Soil Health and Land Use Management」(Intech、共著)「東日本大震災からの農林水産業と地域社会の復興」(養賢堂、共著)研究論文多数。