⽇々の⽣活のなかで必ず⽬に⼊る機会がある「雑草」。⼀体、どんな植物のことを指すのでしょうか。本記事では、雑草学博士の小笠原勝将氏が、知られざる雑草の基礎知識について紹介していきます。
江戸末期まで日本に「雑草」という概念が存在しなかったワケ【雑草学博士が解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

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「雑草」という言葉はいつから使われているのか

雑草は世間一般に普通に使われてる言葉ですがいつ頃から使われていたのでしょうか。

 

一六九七年(元禄一〇年)に元福岡藩士の宮崎安貞によって著された「農業全書」という農業指導書があります。この本の中に、「上の農人ハ草のいまだ目に見得ざるに中うちし芸り、中の農人ハ見えて後芸る也。見えて後も芸らざるを下の農人とす。是土地の咎人なり。」という件がありますが、そこでは、ヒエ、ハコベ、シロザなどの植物はいずれも単に「草」と表記されており、雑草という言葉は見当たりません。

 

一七一二年(正徳二年)に刊行された「和漢三才図会」という百科事典みたいな書物がありますが、そこにも雑草という言葉は出てきません。ようやく雑草という言葉が出てくるのは一八二八年(文政一一年)に刊行された「本草図譜」という植物図鑑です。しかし、その本では、雑草は作物の収量を低下させる植物や人の役に立たない植物を指すのではなく、効用や性状の判然としない植物を指していました。

 

そして一九一〇年(明治四三年)に現在の北海道大学農学部の前身である札幌農学校の半澤洵博士によって日本初の雑草に関する専門書の「雑草学」が著されることになり、その中に「雑草とは人類の使用する土地に発生し、人類に直接或いは間接に損害を与ふる植物を云ふ~」という記述が出てきます。

 

以上のことから、雑草という言葉は江戸中期頃までは存在しておらず、江戸末期から明治初頭にかけて、英語のWeedの訳語として生まれたものと考えられます。ちなみにOxford Advanced Learner’s Dictionaryを紐解くと、Weedには、「wild plant growing where it is not wanted」(望まれないところに生える植物)の他にも「thin weak-looking person(ひ弱そうな人間)」や「marijuana(マリファナ)」など、どちらかといえばネガティブな意味が載っています。

「雑草=悪」という考え方は海外由来のもの

日本には、古来より草も木も土も生きとし生けるすべてのものが成仏するという意味の「草木国土悉皆成仏」という考え方があり、雑草という言葉も人の役に立たない植物といった概念もありませんでした。

 

しかし、欧米では、雑草は常に悪者です。人は生まれながらに原罪を背負っているとするキリスト教の教理や物事を善悪の二者択一的に分けようとする欧米の思考様式が雑草の解釈にも関係しているのかも知れません。

 

このように日本人と欧米人の雑草観は大きく異なりますが、姿形から受ける視覚的な印象は洋の東西を問わずあまり違いはなさそうです。

東洋と西洋で「同じ意味を持つ名前の雑草」が多いワケ

例えば、一年生イネ科植物のSetaria viridisという植物があります。和名はエノコログサで、花序が穂状で犬の尻尾に似ていることに由来します。漢名も狗尾草でイヌの尻尾ですが、英名はfox tailでイヌではなくキツネの尻尾です。

 

最近、芝犬が海外でもブームになっており、欧米人には芝犬はイヌではなくキツネに見えるみたいで、このことがエノコログサの英名につながったのかも知れません。

 

英名が~tail(尻尾)と名付けられている植物は他にもあります。スギナ(Equisetum arvense)の語源は杉菜(すぎな)あるいは「どこ継いだ」で遊んだ継菜(つぐな)で、英名はhorse tail(馬の尻尾)です。属名のEquisetumはラテン語で馬の毛という意味です。ガマの英名はcat tail(猫の尻尾)です。

 

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小笠原 勝

 

1956年、秋田県生まれ。1978年、宇都宮大学農学部農学科卒業。1987年、民間会社を経て宇都宮大学に奉職。日本芝草学会長、日本雑草学会評議委員等を歴任。現在、宇都宮大学雑草管理教育研究センター教授、博士(農学)。専攻は雑草学。 主な著書「在来野草による緑化ハンドブック」(朝倉書店、共著)「Soil Health and Land Use Management」(Intech、共著)「東日本大震災からの農林水産業と地域社会の復興」(養賢堂、共著)研究論文多数。