⽇々の⽣活のなかで必ず⽬に⼊る機会がある「雑草」。しかし、どうしてその地に生息しているのか等、雑草の生態について詳しく知る人は少ないでしょう。本記事では、雑草学博士の小笠原勝将氏が、「農耕地」に生える雑草の起源について、考察していきます。
栽培されていたはずが…「自然に逃げ出して雑草化した植物」の謎【雑草学博士が解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

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作物として栽培されていたはずが…野生化した植物

農耕地に生育する雑草の中には高山植物を祖先にするものもいますが、もともと作物として栽培されていた植物が逃げ出して再び雑草化したものもいます。

 

ナタネ、コンフリー、ナガミヒナゲシ、ナギナタガヤなどは本来、作物、園芸種あるいは牧草として栽培されていたものが意図的に放棄されたか、あるいは自然に逃げ出して雑草化した植物で逸脱雑草(escaped weed)と呼ばれています。

 

ハルガヤも元は明治期にヨーロッパから日本に導入された牧草でしたが、収量が低いために放棄され、今では関東以北の道路、河川、空き地で雑草化しています。ハルガヤはバルザックの「谷間の百合」に出てくるイネ科植物で、英名のSweet vernalgrassはクマリンという物質を含み桜餅のような芳醇な香りがすることから名付けられました。

 

ハルガヤ種子には長短二本の芒がついており、短い芒を支点にして長い芒が土壌水分に反応して伸縮し、蚤のみのように飛び跳ねます。なぜ、種子が土壌水分に応じて動き回るのか、その理由はよく分かっていませんが、種子が不規則な動きによって窪地や隙間などの種子の発芽に好適な環境を探しているのではないかという説もあります。

 

カラスムギの種子にも芒があり、水分を感じて運動します。芒がハルガヤよりも大きく、簡単な湿度計を作ることができます。ちなみに、ススキとオギはとても似ていますが、ススキが乾燥した場所を好むのに対してオギは湿った場所を好むというような生育場所の違いの他に、ススキの種子にはオギと異なり明瞭な芒がついています。ススキの漢名に芒が当てられているのもこの理由からです。

カラスムギ、タイヌビエ…作物に紛れて生き延びる雑草

また、姿形や種子の形成時期が作物に似ているために、防除しきれず作物に紛れて生育している随伴雑草(companion weed)と呼ばれる雑草もあります。その代表例がエンバク(作物)に対するカラスムギ(雑草)であり、イネ(作物)に対するタイヌビエ(雑草)です。

 

さらに、アワ(作物)とその近縁種のエノコログサ(雑草)が交雑してできたオオエノコログサのような雑草もあります。

 

作物の多くは雑草を改良したものであり、作物と随伴雑草は遺伝的に近縁であることから、両者の間で遺伝子流動が起こりやすく、このことが後ほど述べる遺伝子組換え作物が破綻した原因と考えられています。

植物は「肥料が多いほど良く育つ」と思われがちだが…

この他にも、雑草の起源に関するものとして、Dump heap theory(ゴミ捨て山説)と呼ばれる説があります。人の生活様式が狩猟採集生活から農耕生活に移行するにつれて定住化が始まり、その結果、食物の廃棄物や糞尿が住居の近くに集められるようになってゴミ捨て山、すなわち肥沃な場所ができて、そこから好窒素植物の雑草が生まれたという説です。

 

一般に、肥料は植物の成長に必要不可欠であり、肥料が多いほど植物は良く育つと思われがちですが、肥料が植物の成長にプラスに作用するか否かは肥料の施用量によって決まります。作物や山野草の多くは肥料(窒素)をやり過ぎると徒長して枯死しますが、農耕地雑草は多量の肥料を与えても枯死せず、むしろ与えれば与えるほど旺盛に成長します。

 

土壌撹乱に適応性を示すことに加えて、窒素を好むことも農耕地雑草になるための必須の条件といえます。

農耕地に生える雑草…起源は決して一つではない

最後に先駆種(colonizer)です。メソポタミア文明や黄河文明は広大な沃野が広がっている大河川の河口域に発達しましたが、ヒマラヤ山脈やカラコルム山脈などの氷河末端でも農業は盛んに行われています。それはミネラルを豊富に含む氷河の融水が潤沢に供給されているからです。

 

氷河の外縁部には、土壌撹乱に適応した野生種(先駆種)が農業の開始前から既に定着しており、その野生種が近くの農地に次第に侵入して雑草化したというものです。ヨモギ、ナデシコ、スイバ、ハチジョウナ、ヤエムグラ、アカザなどが先駆種の代表的な雑草と考えられています。雑草の起源は決して一つではありません。

 

上述したいずれの説も農耕地雑草を対象としたものであり、道路雑草や芝地雑草の起源についてはこれはといった定説はありません。

 

 

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小笠原 勝


1956年、秋田県生まれ。1978年、宇都宮大学農学部農学科卒業。1987年、民間会社を経て宇都宮大学に奉職。日本芝草学会長、日本雑草学会評議委員等を歴任。現在、宇都宮大学雑草管理教育研究センター教授、博士(農学)。専攻は雑草学。 主な著書「在来野草による緑化ハンドブック」(朝倉書店、共著)「Soil Health and Land Use Management」(Intech、共著)「東日本大震災からの農林水産業と地域社会の復興」(養賢堂、共著)研究論文多数。