日本の労働者の賃金はバブル崩壊以降増えていない、とはよく言われる。しかしこの10年で、非正規として緩やかに働く主婦や年金を受給しながら働く高齢者が増えていることから、「平均賃金」が上がらないのは当然といえるかもしれない。賃金増加の恩恵にあずかっている人も確かに存在している。では、賃金が上がっていないのは…。リクルートワークス研究所研究員の坂本貴志氏が解説する。 ※本連載は、書籍『統計で考える働き方の未来 ――高齢者が働き続ける国へ』(筑摩書房)より一部を抜粋・再編集したものです。
「日本人の賃金が増えない」言説は誤り…賃金が下がったのは「男性中堅層だけ」であるワケ (写真はイメージです/PIXTA)

賃金が増えたのは女性だけではない…上昇の「ワケ」

女性の賃金が上昇したのは、一人ひとりの女性が職場で質の高い経験を積み、それを通じて職業能力を高め、社会に対してより高い価値創造をしたからにほかならない。

 

実際に、女性をめぐる環境はこの数十年間で激変した。女性の社会における役割が大きく変わる契機になったのは、1985年の男女雇用機会均等法の制定である。1985年に入社した女性社員は2020年時点で50代半ばから後半になり、まさにこの10年間で賃金が大幅に上昇している年代と一致している。

 

男女雇用機会均等法の施行以降、企業は女性に対する仕事への期待を大きく変えた。これまでほとんどの会社では女性社員を一般職として入社させ、男性とは異なる仕事を割り当ててきた。しかし、男女雇用機会均等法施行以降、女性に対して男性と同等の仕事を与えようとする考えが企業でも徐々に広まっていった。

 

現在活躍している女性は、女性にとって苦難の時代を生きてきたといえる。会社では男性と変わらぬ役割を、家庭では女性としての旧態依然とした役割を求められ、そのはざまで苦悩してきたのが同世代の女性でもある。しかし、その結果として、一部の女性は着実に力をつけ、社内でこれまでにない存在感を築いている。

 

近年の女性活躍の動きからわかることは、経験を通じて仕事に熟練し、世の中に対してより多くの価値を提供することこそが、賃金を上昇させる最も確かな方略であるということだ。努力の正当な対価として、賃金上昇という果実を女性は確かに得たのである。

 

■中堅男性の比較優位が消失

 

賃金が増えたのは女性だけではない。同じく2008年から2018年の10年間で、20〜24歳の男性は5.7%増、同年齢の女性は8.3%増と、若年層でも賃金の増加が目立っている。

 

近年、中小企業や不人気職種を中心に若手社員の採用が難しくなっており、初任給を引き上げる企業が増えている。春闘においてもベースアップを行う際に若年層に厚めに配分する事例が多く見受けられており、幅広い企業で若年層の賃金を重点的に引き上げる動きが広がっている。