本記事では、慶應義塾普通部、東京海洋大学、早稲田大学等で非常勤講師をしながら「海外教育」の研究を続ける、本柳とみ子氏の著書『日本人教師が見たオーストラリアの学校 コアラの国の教育レシピ』より一部を抜粋・再編集し、教育先進国である「オーストラリア」の教育現場について、日本と比較しながら紹介していきます。
障がいのある生徒とともに生活する…日豪「教育」の決定的違い (※写真はイメージです/PIXTA)

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オーストラリアは「特別支援学校」の数が少ない

障がいのある生徒の多くが通常の学校に通っている。本来は当たり前なのだろうが、日本でその経験が少ないので新鮮に映る。

 

オーストラリアでは特別支援学校(special school)の数が少ない。全体の5%程度しかなく、障がいのある生徒の多くが通常の学校に在籍している。連邦が成立するころまでは、障がいのある生徒は教育の対象とされていなかった。

 

植民地時代は、民間の慈善団体やボランティアが障がい児のための学校を設立し、世話をしており、福祉の要素が強かった。1860年代に視覚聴覚障がい児の学校が初めてつくられ、1920年代になると他の障がいを抱える子どもたちの学校もつくられはじめた。

 

1970年代には各州で障がい児のための学校が設立されるようになり、通常学校の中にも特別支援ユニットが設置され、障がい児教育(special education)への取り組みが本格的に始まった。

特別支援学校に行くか通常学校に行くかは保護者次第

さらに、1990年代以降はインクルーシブ教育が推奨されている。障がい児教育の対象となる生徒は、障がいの内容や程度に応じて特別支援学校に行くか通常学校に行くか判断される。保護者が専門家と相談して決めるが、最終的には保護者の意向が尊重される。

 

インクルーシブ教育が推進されている現在は、通常学校に就学する生徒が多い。それゆえ、通常学校は障がいのある生徒が生活しやすいような手立てを講じなければならない。生徒が学校に合わせるのではなく、学校が生徒に合わせ、ニーズに対応するのがインクルーシブ教育だ。

 

通常学校には特別支援ユニットがある。障がいのある生徒も通常クラスに在籍し必要な支援を得ながら授業を受けるが、十分な支援が行えない場合は特別支援ユニットで自分に合った学習を行う。

 

つまり、障がいのある生徒は常に特別支援ユニットに在籍するというわけではなく、あくまでも通常のクラスで、通常の授業を受けることが基本。また、特別支援ユニットは、障がいのある生徒だけでなく、授業についていけない生徒や、社会経済的な支援を必要とする生徒、先住民族の生徒など、様々なニーズを抱える生徒が利用する。

 

それゆえ、通常クラスから隔絶した「特殊な」クラスという印象はあまりない。日本の特別支援学級に対する印象とはずいぶん違う。

「自律性」を重視し、学校の裁量幅が広がっている

学校教育の責任が州にあるオーストラリアでは、学校経営のあり方も州ごとに異なる。だが、総じて言えば、学校経営は自律的に行われる方向に進んでおり、多くの判断が各学校に委ねられている。特に、ビクトリア州は1990年代の初めから自律的学校経営を実施し、成果を挙げている。

 

他の州でも、近年は自律性が重視され、学校の裁量幅がどんどん広がっている。自律的学校経営とは、カリキュラムや人事、予算などの権限を学校が持ち、それぞれが主体的に学校を運営していくやり方である。各学校では校長が中心となって学校経営計画を策定し、実施する。

 

その一方で、学校にはアカウンタビリティ(説明責任)が求められ、結果について保護者や行政に納得のいく説明をしなければならない。結果は評価の対象となり、次年度以降の予算にも影響するので、校長には高い学校経営能力とリーダーシップが求められる。権限を持つ代わりに責任も大きいということだ。

 

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教育学博士
本柳 とみ子


公立中学校で26年間教鞭をとったあと、大学院で海外の教育について研究を始める。その後、慶應義塾普通部、東京海洋大学、早稲田大学等で非常勤講師をしながら研究を続ける。2012年、早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)