都営住宅、「桐ヶ丘団地」。建替えにより、コミュニティの崩壊、生活空間の変化…など、住民たちの生活はガラリと変えられてきました。ここでは住民へのインタビューとともに、「公用空間」と「庭」の実態を、文化人類学博士の朴承賢氏が解説していきます。※本連載は、書籍『老いゆく団地』(森話社)より一部を抜粋・再編集したものです。
禁じられていたが…都営団地の建替えで「庭」を失う高齢住民の悲哀 (桐ヶ丘団地N地区の公用空間の「庭」。腰を掛ける人のため、日よけをかけている 撮影年月:2010年6月 撮影者:朴承賢)

「食用植物の栽培」「ペット」は禁止だが住民は…

N地区の1階に住んでいる女性住民は、自分の趣味はベランダ前の空き地に草花を植えることだと自己紹介し、自治会が環境を綺麗に整備してくれることに感謝していると語った。

 

食用の植物を栽培することは禁止されているが、「少しずつ育てて食べることはいいじゃないか」と、野菜も少し植えていた。彼女の自宅でインタビューをする時、こたつの下に大きな猫がいて、筆者は驚いた。

 

この住民はベランダの扉を少し開けておいて、猫が出入りできるようにしておいた。彼女は「亡くなった母親が1人ぼっちの私を慰めるために、猫を贈ってくれたようだ」と猫に対する愛情を示した。また、月1回は、猫が円形になって公園で会議をするという噂を聞かせてくれたりもした。

 

桐ヶ丘団地は「ペット禁止」の集合住宅であるが、彼女が世話をするトラという猫は、団地に暮らすノラ猫で、彼女からエサをもらっている。彼女は庭に日よけをかけ、そこに座っていることが最も楽しいと語っていた。

 

(2012年11月撮影)
桐ヶ丘団地N地区の公用空間の「庭」。彼女がえさをあげる猫の出入りができるように、バルコニーにはしごをかけている (撮影年月:2010年6月 撮影者:朴承賢)

 

桐ヶ丘団地の住民は、入居の初期から世帯ごとに空き地を分け、草花を育ててきた。公営団地が都市計画や行政的な規制の中で誕生した空間であったとはいえ、長い団地の歴史の中で、住民たちは彼(女)らの私的領域を屋外に拡張させ、「生きられた空間」を作り出してきた。

 

住民たちはたまに腰を掛けられるような、公私の曖昧な「コモンズ」的で、「専有」も許される空間を作り上げてきたのだ。

 

それは、都市集合住宅における「ローカル・コモンズ※1」のようでもある。また、個人が公用空間で個人の「庭」を育てることにより、その空間は小さな広場として存在してきたのである。

 

※1 「ローカル・コモンズ」とは、「コモンズ」の一種であり、地域コミュニティが実質的に所有し、共同事業として住民どうしが相互利益に配慮しながら管理しているものを指す。住民はみな無償利用が可能であるが、アクセスは地域コミュニティの成員に限定される。ローカル・コモンズの研究〔菅 2006/宮内(編)2006〕は、民俗学・人類学・環境社会学などで盛んである。

 

住民たちは、「昔は世帯ごとに空き地を分けてお花を植えたり、そこを使わない世帯があればもっと植えたい人が空間を広げたりした」と述べた。古い号棟は外に水道の蛇口がついており、水まきも簡単であったという。

 

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昔は少しずつ分けて、サツマイモとかたくさん植えた。ナスが硬くなったりして土は良くなかったけど、とにかくみんな植えた。特にお花を植える人が多かった。うちも植えたんだけど、引っ越してからは植えられない。新しいところが、規則的に絶対植えさせないのね。今は水まきも不便になったし、前のような感じじゃなくてやりにくい。(2014年7月、団地住民・大石さんと山田さんへのインタビュー)

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新築のブロックにおける公用空間はそれまでとは対照的な様子であった。植栽は自治会が管理するので、建替え後にも自治会ごとに公用空間を管理し、草むしりをしたり季節の花を植えたりする活動は続けられている。