飛行機代、宿代、食事代…旅にかかる費用すべてを含めて「12万円」で世界を歩く。下川裕治氏の著書『12万円で世界を歩くリターンズ タイ・北極圏・長江・サハリン編』(朝日新聞出版)では、その仰天企画の全貌が明かされている。本連載で紹介するのは北極圏編。30年ぶり2度目の大自然、予想だにしないアクシデントが待っていた!
レンタカー会社が強く勧めた「北極圏への道のりでも」頼りになる車 (※写真はイメージです/PIXTA)

「人が暮らすことが難しい土地」選ぶべき車種は?

その先にペリークロッシングという村があった。ガソリンスタンドの表示が出ていた。村のスーパーの前にセルフ式のガソリンスタンドがあった。満タンにする方法がわからず、クレジットカードを入れて、30カナダドル分を入れてみた。表示されるガソリンの量と車のガソリンメーターを比べながら、阿部カメラマンは不安そうな表情をつくった。

 

「この車、ガソリンタンクの容量が少ないみたい。満タンにしても、500キロも走らないかもしれない」

 

車は阿部カメラマンが選んだ。僕は運転免許がないから、当然、車の知識はまったくといっていいほどなかった。北極海までの道で、舗装されているのは、ドーソン・シティまでだった。その先は、長い、長い未舗装路が続く。途中からツンドラ地帯になる。その悪路を考えれば、車高の高い四輪駆動車を選ぶのが筋だった。

 

30年前も同じことを考えた。しかしレンタカー会社のスタッフは、「ホンダにしなさい」と語気を強めた。理由はガソリンスタンドだった。北極圏への道は、給油ポイントが極端に少ないというのだった。頼りになるのはパワーより燃費だった。

 

出発前、北極圏への道のガソリンスタンドを調べてみた。30年前とほとんど変わらなかった。ということは燃費を最優先にしないと大変なことになる。北極圏への道は、ユーコンテリトリー、ノースウェストテリトリーズを貫いている。ユーコンテリトリーの全人口の75パーセントが集まるホワイトホースでも、人口が3万人に満たない。人がいないのだ。いや、人が暮らすことが難しい土地なのだ。そこを走る車のガソリンがなくなったら、かなりの苦行を強いられてしまう。

 

阿部カメラマンが選んだのは、フォードのエコスポーツという車種だった。燃費のよさが基準だった。しかしガソリンタンクの容量までは気がまわらなかったらしい。いや、レンタカーの予約サイトの説明には、そこまで書いていないのかもしれない。今日、走るクロンダイク・ハイウェーは問題なかった。100キロから200キロの間に、ガソリンスタンドがひとつはあった。気になるのは、明日から挑むデンプスター・ハイウェーだった。

 

うっとりするような紅葉の道を車は進んだ。途中、ユーコン川の支流のスチュワート川に沿って走る区間があった。車を停め、川原に降りてみた。黄に色づいた葉が吹く風に擦(す)れ、かさかさと心地いい音をたてる。

 

「煙?」

 

ファインダーをのぞいていた阿部カメラマンが首を捻(ひね)った。目を細めて眺めると、たしかに煙だった。さらに20分ほど北西に向かってクロンダイク・ハイウェーを進むと、煙の正体がわかった。山火事だった。規模は大きくないが、ところどころから煙があがり、車内にも焦げ臭いにおいが漂ってきた。

 

山火事はアメリカ西海岸のイメージが強い。以前ロサンゼルスから車で数時間の山で火事を見たことがあった。消火活動も行われないほどの規模だったが、それでも近づくと、熱で顔が火照(ほて)った。しかし北緯60度を超えたエリアの山火事の規模はそれよりも小さかった。ボヤ程度だった。このあたりの林の脆弱(ぜいじゃく)さが伝わってくるようだった。夏も短命だが、秋はもっと短い。そのなかで育つ木々がもつ力はひ弱で、木々の密度も少ないのかもしれなかった。

 

 

下川 裕治

旅行作家