学校での成績はつねに上位、仕事ぶりも優秀だった男性はなぜ…
【事例2──生きにくい世の中で心をすり減らし、ひきこもりに】
Uさんは生まれも育ちも東京23区内。小さな頃から内向的な性格でした。家では、一度決めたら譲らない、頑固な面もありましたが、小学校、中学校では大きなトラブルを起こすことはなかったそうです。学校での成績はつねに上位で、勉強は得意でした。
私立の高校に進学したあとも成績は優秀。順調な学校生活を続けます。親しい友人はできなかったけれど、イジメを受けるなどの深刻な問題はなく、無事に高校も卒業して大学に進学します。興味関心のあることについては一度で記憶できるなど、「地頭の良さ」が際立っていて、大学の4年間は専門の工学の勉強に没頭していたそうです。
就職活動では、就職氷河期の真っただ中だったことから、中小企業のエンジニアとして採用されるのがやっとでした。それでも、その小さな会社の社長がUさんを非常に気に入って、「仕事の能力は高いけれど、人づき合いは苦手なUさん」を穏やかに見守りつづけてくれたそうです。
ところが、社長が息子に経営をバトンタッチしたことが、Uさんの順調だった会社生活に暗い影を落とすことになります。息子は不況のあおりを受けて、人員整理を始めます。優秀なUさんはリストラの対象にはならなかったのですが、減った社員の分の仕事がUさんに回ってくるようになりました。
Uさんの仕事は増え、「シングルタスク」から「マルチタスク」となります。Uさんにとって、マルチタスク化した仕事は苦痛でならなかったそうで、この頃から、家でも仕事の愚痴が増え、言いようのない苦しみがUさんを蝕むしばんでいきました。
さらに、つらいことは続きます。仲がよかった母親の他界です。
Uさんはショックを受けますが、落ち込んでばかりはいられません。父子二人が食べていくために、なんとか頑張って辛くても働きつづけました。
しかし、そんなUさんも限界に達します。母の他界から一年後、突然、社長に辞表を提出したのです。詳しい理由を伝えることもなく、周囲から引き留められても耳を貸すことなく、退職しました。
ここからUさんのひきこもり生活が始まります。退職後、Uさんは外部との接触をいっさい断ち、一緒に暮らしていた父親にも心を閉ざすようになりました。
退職から8年、まったく外出しなくなって6年が経過し、あるご縁で私どもにご相談いただき、ひきこもり回復のためのカウンセリングを開始することになったのが、今から1年前のことです。カウンセリングのなかで、Uさんには発達障害のひとつであるアスペルガー症候群(自閉症スペクトラム障害)の傾向が見受けられました。人づき合いが得意ではない、興味や関心のあることへの能力が高い、学力が高い、マルチタスクの仕事に苦痛を感じやすいといったUさんの特徴は、アスペルガー症候群の代表的な特徴としても、よく知られています。
現在、Uさんは私どものカウンセリングと共に、保健師と精神保険医の訪問支援を受け、ひきこもりからの回復に向けて日々、一歩一歩、歩んでいます……。
Uさんのケースでは、彼が発達障害だと疑われるため「自分とは違う」と思われた方もいるかもしれません。しかし、過剰な生きづらさを感じている方のなかには、自分が気づいていないだけで、実は発達障害の特性を備えている方も少なくないのです。
Uさんは、発達障害支援が十分でない時期に子ども時代を過ごされました。Uさんの世代では、発達障害の特性が見逃されたまま大人になり、社会に出たあとで生きづらさを感じ、何かをきっかけにひきこもってしまう方も少なくないのです。Uさんのケースも、決して特別ではありません。
AさんもUさんも、多くの人と同じように進学、就職をしてふつうに働くなかで、失業や母の死など、誰にでも起こりうることをきっかけに、ひきこもってしまいました。
もし、そのようなきっかけがなければ、AさんもUさんも、ひきこもらなかったかもしれません。そう考えると、ひきこもりが決して他人事ではないことを納得していただけるのではないでしょうか。
桝田 智彦
臨床心理士