「ひきこもり=犯罪予備軍」というイメージを植えつけられている人は決して少なくありません。しかし、「ひきこもり」「家庭内暴力」「殺人事件」の実態は…。臨床心理士の桝田智彦氏が解説します。 ※本連載は、書籍『中高年がひきこもる理由』(青春出版社)より一部を抜粋・再編集したものです。
「ひきこもり=犯罪予備軍」という印象を植えつけたメディアの大罪【臨床心理士が解説】 ※画像はイメージです/PIXTA

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「ひきこもりは犯罪予備軍」という誤ったイメージ

自己肯定感があまり持てなかったり、就活でつまずいたり、解雇されたり、いじめや、親の介護などで退職したり、あるいは、再就職した先で屈辱的な思いをさせられたり……。生きていれば、誰にでも起こりうるこのようなことがきっかけとなって、今、多くの人たちがひきこもっています。

 

ひきこもっている人たちの大半は少し運が悪かっただけであり、善良で、心やさしく、人づきあいも人並みにできる、ごくふつうの人たちなのです。

 

ところが、2019年5月28日早朝、川崎市の登戸駅近くでスクールバスを待っていた小学生の児童や保護者が、刃物を持った男に次々に襲われるという痛ましい事件が起きました。

 

負傷者18人、死亡者3人(犯人も含む)。幼い子どもたちを無差別に切りつけるという残忍きわまる手口に、犯人に対する激しい怒りの声が上がったのも当然であり、決して許されるものではないと考えます。

 

犯行自体の残忍さとともに衝撃的だったのは、51歳の犯人の男が叔父夫婦と同居していて、長年、ひきこもり状態だったという事実でした。人々は50歳をすぎてもひきこもっている人間がいることに驚いたと推察します。

 

そして、ひきこもりと犯罪を関連づけるような形で報道がなされたことで、ひきこもり、すなわち「犯罪予備軍」というようなイメージが世の中に流布され、拡散されていったのです。

 

また、この登戸事件のわずか4日後に、元農林水産省事務次官という東大卒の超エリート官僚だった76歳の父親が、44歳の息子の上半身を包丁で数十ヵ所も刺して殺害するというショッキングな事件が起きました。殺された息子もやはり、ひきこもりで、家庭内暴力もありました。殺害の前日には隣接する小学校の運動会があって、「うるせーな、子どもをぶっ殺す!」とわめき散らしたとも言われています。

 

この事件もまた、ひきこもりは人を殺しかねない犯罪予備軍との印象を人々に植えつけたように思います。

 

しかし、ここで声を大にして伝えたいことがあります。

 

それは、「ひきこもり=犯罪予備軍」では決してないということです。

 

私どもは20年間以上、カウンセリングをとおして数多くのひきこもりの方々とかかわってきましたが、他人を傷つける重大な他害案件に遭遇したことはただの1回としてありません。

 

実際、ひきこもりの方たちはその場の空気を読みすぎる傾向さえある繊細で、やさしくて真面目な人たちが大半です。私の体感としても、彼らが無差別殺人などを起こすなどとはとても思えません。登戸の事件はごくごくまれなケースと言って間違いないと思っています。

 

ひきこもりの大家であり、筑波大学医学医療系社会精神保健学教授の斎藤環先生も2019年7月9日発売の『婦人公論』で、登戸事件と元農林水産省事務次官の事件を念頭に、ひきこもりと犯罪の関係について次のように語っていらっしゃいます──。