看護師の注射器の取り違えにより、58歳の慢性関節リウマチ患者が死亡した「東京都立広尾病院事件」。24時間以内に警察へ届出が出されなかったこと、死亡診断書に事実と異なる旨を記載したと考えられることから、地裁は以下の判決を下す。【事件の経緯を見る】

主文:懲役1年及び罰金2万円、執行猶予3年

【判決】

主文:懲役1年及び罰金2万円、執行猶予3年

 

【罪となるべき事実】

 

① 平成11年2月11日午前10時44分頃、東京都立広尾病院で主治医C医師が、D子の死体を検案した際、被告人(院長は)C医師と共謀の上、この時から24時間以内に警察署に届け出をさせず、医師法第21条に違反した。(C医師は、死体を検案した際、H医師から看護師がヘパ生とヒビグルを取り違えて投与した旨の報告を受け、かつ同死体の右腕の血管部分が顕著に変色するなどの異状を認めたのであるから、この11日午前10時44分頃から24時間以内に所轄警察署に届け出なければならなかった。)

 

 

② D子の夫Iから保険金請求用の死亡診断書及び死亡証明書の作成を依頼された際に、被告人(院長)はC医師と共謀し、病死および自然死ではないのに、死亡診断書の【病死および自然死】欄の「病名」に「急性肺血栓塞栓症」と、「合併症」欄に「慢性関節リウマチ」等と記載させ、Iに交付させた。これは、公務員の職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書を作成、行使したものである。

 

主文:懲役1年及び罰金2万円、執行猶予3年
主文:懲役1年及び罰金2万円、執行猶予3年

医師法第21条に言う「24時間以内の届出」が争点に

「医師法」
第二十一条 医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。

 

◆東京地裁判決の判旨

 

C医師はD子の主治医であり、術前検査では異常を認めず、手術は無事に終了し、術後の経過も良好であって、主治医として、D子が急変するような疾患等の心当たりが全くなかった。

 

 

H医師から、看護師がヘパロックした際に、ヘパ生と消毒液のヒビグルを間違えて注入したかも知れないと言っている旨を聞かされて、薬物を間違えて注入したことによりD子の症状が急変したのではないかとも思った。また、心臓マッサージ中に、D子の右腕には色素沈着のような状態があることに気付いていた。

 

結局、C医師は、D子の死亡を確認し、死亡原因が不明であると判断していることが認められるから、C医師がD子の死亡を確認した際、その死体を検案して異状があるものと認識していたものと認めるのが相当である。
 

また、C医師は、D子の死体を検案して異状があると認めた医師として、警察への届出義務を有するが、看護師の絡んだ医療過誤であるので、病院の対応に委ねていた。

 

被告人(院長)は、医師法の規定を意識した上で、警察への届出を一旦決定しながら、病院事業部からの職員の到着を待って最終決定することとして、警察への届出を保留とすることを決定したことによって、2月11日午前10時44分から、24時間後の2月12日午前10時44分が経過してしまい、医師法第21条に言う24時間以内の届出をしなかったことが認められるので、被告人(院長)は、C医師らと共謀して、医師法第21条の罪を犯したものと認めるのが相当である。
 

(医師法第21条の検案について)


C医師は、D子の容体が急変して死亡し、その死亡について誤薬投与の可能性があり、診療中の傷病等とは別の原因で死亡した疑いがあった状況のもとで、それまでの診療経過により把握していた情報、急変の経過についてH医師から説明を受けた内容、自身が蘇生措置の際などに目にしたD子の右腕の色素沈着などの事情を知った上で、心筋梗塞や薬物死の可能性も考え、死亡原因は不明であるとの判断をして、遺族に病理解剖の申し出をしているのであるから、D子の死体検案をしたものと言うべきである。
 

(医師法第21条の適用について)


医師法第21条の規定は、死体に異状が認められる場合には犯罪の痕跡をとどめている場合があり得るので、所轄警察署に届出をさせ捜査官をして犯罪の発見、捜査、証拠保全などを容易にさせるためのものであるから、診療中の入院患者であっても診療中の傷病以外の原因で死亡した疑いのある異状が認められるときは、死体を検案した医師は医師法第21条の届出をしなければならないとするのが相当である。
 

(虚偽有印公文書作成、同行使)


D子は、術後経過良好であったのに、ヘパロック直後、容体が急変して死亡。看護師がヘパ生とヒビグルを取り違えて注射したかもしれないと言っており、死体の右腕に静脈に沿った赤い色素沈着があり、解剖所見も、心筋梗塞等、病死で死因を説明するようなものはなく、解剖を担当したW子医師から90%以上の確率で事故死である旨の報告も受けていることを考えれば、D子の血液検査の結果が出ていない段階においても、D子の死因が病死や自然死でないことは明らかであり、被告人及びC医師はこれらの事実を認識していたのであるから、共謀して虚偽有印公文書作成、同行使罪にあたると認めるのが相当である。

地裁判決の医師法第21条の部分は東京高裁で破棄された

◆東京地裁判決についての考察

 

東京都立広尾病院刑事事件は、医師法第21条違反について、病院長のみが最後まで争い、被告人として有罪判決を受けている。医師法第21条は、「医師は死体を検案して…」となっており、この条文の名宛人即ち対象者は、「死体を検案した医師」である。

 

 

院長は死体の検案を行っていないが、共同正犯として起訴されたものである。A副参事も共同正犯で起訴されているが、事務方の副参事は無罪となった。C主治医は罪状を認め、略式裁判で罰金刑となっている。院長は筋を通し、最高裁まで争った。

 

今回の医療事故調査制度に関わる活動の経緯で当時の東京都立広尾病院院長を調べてみたところ、都立病院の医療事故・医療安全を主導していた立派な方であったようである。東京大学整形外科同門会雑誌Foramen45号の手記にも当時、隠ぺいなどせずに如何に説明に努めたかが書かれている。何時か同院長の名誉回復がなされることを祈っている。

 

さて、この医師法第21条についての東京地裁判決は、控訴審の東京高裁判決において破棄されるのであるが、地裁判決の要点を以下にまとめておきたい。
 

1.医師法第21条の検案について
判旨中にあるように、経過の異状、死亡原因が不明であるとの判断をしていること、死因不明のために解剖の申し出をしていること等を死体検案をしたものとみなしている。また、診療中の入院患者であっても、診療中の傷病以外の原因で死亡した疑いのある異状が認められるときは、医師法第21条の届け出が必要であるとし経過の異状を届出対象としている。一方、外表異状にも一部言及している。

 

2.異状死体とは
①急変するような疾患等の心当たりが全くないこと。②薬物を間違えて注入したことによる急変ではないかと思っていたこと。③心臓マッサージ中に腕の色素沈着に気づいていたこと。④死亡原因が不明であると判断していること。の4つを異状の認識として挙げている。経過の異状に外表異状を合わせた考えと言えよう。


2回にわたり、東京都立広尾病院事件の経緯を東京地裁刑事裁判判決を中心に記載し、東京地裁判決の内容を要約したが、この東京地裁判決の医師法第21条部分は、控訴審の東京高裁で破棄された。

 

マスコミの報道も手伝って、東京都立広尾病院裁判は、医療側が1審の東京地裁で敗訴、控訴審の東京高裁、上告審の最高裁の全てで敗訴し、1審の東京地裁判決がそのまま確定したと誤解されてきた。厚労省死亡診断書記入マニュアルの不適切な記述も手伝って、「異状死」という言葉が独り歩きし、医療機関からの過剰な警察届出が行われることとなる。

 

しかし、東京都立広尾病院事件地裁判決は、控訴審の東京高裁で破棄されている。東京高裁は、憲法との整合性を考え、医師法第21条を合憲限定解釈することにより答えを出した。即ち、医師法第21条に言う「異状」とは、「外表異状」と判示することになる。この東京高裁判決が原審として、最高裁で容認されるのである。

 

【東京高裁の判決は】

 

※本記事は、2018年12月18日に幻冬舎MCより発行された小田原良治著『未来の医師を救う 医療事故調査制度は何か』より一部を抜粋・編集したものです。

 

小田原 良治

医療法人尚愛会

理事長

 

 

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