看護師の注射器の取り違えにより、58歳の慢性関節リウマチ患者が死亡した「東京都立広尾病院事件」。本連載では、同事件について、地裁、高裁、最高裁の判決を追っていく。※本記事は、2018年12月18日に幻冬舎MCより発行された小田原良治著『未来の医師を救う 医療事故調査制度は何か』より一部を抜粋・編集したものです。

医療ミスにより患者が死亡した東京都立広尾病院事件

本事件については、刑事が、地裁・高裁・最高裁、民事が、地裁・高裁と合わせて5つの判決がある。本事件の事実経過について、客観的な経過の記載ということで、刑事裁判の東京地裁判決文に東京高裁判決文を加味し要約したい。

 

【事件番号】

東京地方裁判所判決/平成12年(合わ)第199号

医師法違反、虚偽有印公文書作成、同行使被告事件

 

【判決日付】 平成13年8月30日

(被告人は東京都立広尾病院の院長であるが、当事者は、同病院の看護師である。)

 

【東京都立広尾病院事件の事実経過(東京地裁判決文に一部東京高裁判決文を加味・修正)】

 

① 58歳の慢性関節リウマチ患者D子が、平成11年2月8日、左中指の滑膜切除手術を受けるために東京都立広尾病院に入院。2月10日、主治医である整形外科C医師の執刀で左中指滑膜切除手術を受け、手術は無事終了、術後経過良好であった。

 

翌日(平成11年2月11日)午前8時30分頃、患者の留置針の血液凝固防止目的のヘパロック用ヘパリン生食(ヘパ生)10ml注射器を、処置室においてE看護師が準備し、注射器にマジックで「ヘパ生」と書いて処置台の上に置いた。この際、他患者に使用予定の消毒液ヒビテングルコネート液(ヒビグル)10ml注射器を同時に準備し、処置台の上に並べて置いた。

 

E看護師は、このヒビグル注射器につけるべき「F子様洗浄用ヒビグル」というメモをヒビグル入り注射器にセロハンテープで貼り付けたつもりであったが、誤って、ヘパ生の注射器に貼り付けてしまった。E看護師は、取り違えた(ヘパ生と誤信した)ヒビグル注射器(ヘパ生との記載はない)を患者D子の床頭台の上に置き、その場を離れた。

 

同日9時頃、抗生剤の点滴が終了し、患者D子が押したナースコールに応じて赴いたG看護師が、床頭台の上にある注射液をヘパ生と誤信し(ヘパ生との記載はなく、実はヒビグルであった。)、留置針のヘパロックを行い病室を出た。このため、ヒビグル約1mlが患者D子の体内に注入されることとなった。残り約9mlは点滴ルート内に残存していた。

 

その後、E看護師が点滴の確認のために患者D子の病室に戻ったところ、既に抗生剤の点滴は終わっており、G看護師によりヘパロックされていた。

 

まもなく、患者D子はE看護師に「胸が苦しい」と苦痛を訴え始めた。E看護師は抗生剤の影響かと思ったが、前夜の点滴時は異状がなかったため、当直のH医師に連絡。H医師の指示で、血管確保のための維持液の点滴が開始されたが、維持液に先立ち、点滴ルート内のヒビテングルコネート液約9ml全量を体内に注入する結果となった。その直後から、容体は一層悪くなり、原因不明で応急措置が続けられた。

 

この間、処置室に立ち寄ったE看護師は、処置台の上に「ヘパ生」とマジックで書かれた注射器があるのを見つけ、それに自らが書いた「F子様洗浄用ヒビグル」というメモが貼ってあるのを発見した。ここで、ヘパ生ではなく、消毒液ヒビグルが誤って注入されたのではないかと気づいたE看護師は、病室に戻り、H医師を呼び出して、「ヘパ生とヒビグルを間違えたかも知れません」と告げた。その直後、患者D子は意識を失い、同日午前9時30分頃、心肺停止状態になった。H医師と他の当直医M医師が心臓マッサージ、人工呼吸を行った。

 

同日10時25分頃、連絡を受けて駆け付けた主治医C医師が心臓マッサージを行ったが、その際に、当直のH医師から状況の説明を受けるとともに、「看護師がヘパロックする際にヘパ生とヒビグルを間違えて注入したかもしれないと言っている」と聞かされた。また、主治医C医師は心臓マッサージの最中、患者D子の右腕に色素沈着のような状態があることに気づいていた。

 

蘇生の気配がなかったため、主治医C医師は、親族に現在の状態を説明するとともに患者D子のもとに伴い、親族の意向も聞いて、蘇生措置を中止し、平成11年2月11日午前10時44分に死亡を確認した。

 

主治医C医師は、死亡原因は不明として、解明のために病理解剖の了承を求めた。親族から、患者D子の急変の原因として誤薬投与の可能性の質問があったが、C医師はわからないと答え、看護師による誤薬投与の可能性を伝えないまま、病理解剖の了承を得た。

 

看護師による誤薬投与の可能性
看護師による誤薬投与の可能性

職員が来るまで警察への届け出は保留となった

② 患者D子の死亡した2月11日は祝日であり、院長である被告人は外出していたが、午後7時頃、外出先から自宅に電話を入れると、N庶務課長から電話が欲しいとの伝言があった旨を聞き、直ちに、N庶務課長に電話をし、説明を受けた。驚いた院長(被告人)は、午後8時頃帰宅、P看護部長に電話をし、説明を受けた。

 

院長(被告人)は「これが事実とすれば大変なことで、事実関係の調査と今後の対応が必要なので、明日の朝、対策会議を開きましょう。」とP看護部長に伝えた。

 

③ 翌日2月12日午前8時頃、主治医C医師が院長室に赴き報告。8時30分頃から対策会議が開かれた。出席者は9名(院長、K副院長、Q副院長、J事務局長、P看護部長、L医事課長、N庶務課長、R看護課長、O看護副課長)で、E看護師から説明を受けた後、主治医C医師が呼ばれた。

 

C医師は、E看護師がヘパ生とヒビグルを間違えたかもしれないとH医師に伝えたこと、心筋梗塞の疑いもあること、病理解剖の承認を貰ったことなどを説明した。協議の結果、警察に届けると決まった。

 

④ 東京都立広尾病院としては、警察に届け出ることに決定したので、院長(被告人)はそのことを監督官庁である東京都衛生局病院事業部(以下「病院事業部」という)に連絡するよう指示、L医事課長が12日午前9時頃、病院事業部に電話した。

 

病院事業部で電話を受けたS主事、A副参事、T病院事業部長は協議し、病院事業部の「医療事故・医事紛争予防マニュアル」を調べると、「過失が極めて明白な場合は、最終的な判断は別として、事故の事実が業務上過失致死罪に該当することになります。従って、事故の当時者である病院が病理解剖を行うと証拠隠滅と解されるおそれがあるので、病理解剖は行いません。解剖が必要と思われる場合、病院は警察に連絡しますが、司法解剖を行うか否かは警察が判断します」との部分を読み、過失が明白な場合については警察に届けなければいけないと理解した。

 

その後、病院事業部から、A副参事が午前9時半頃N庶務課長に電話。「これまで都立病院から警察に事故の届け出を出したことがないし、詳しい事情もわからないから、今から職員を病院に行かせる」と連絡。

 

同日9時40分頃、再開された対策会議で、病院事業部のA副参事の電話の内容が伝えられたため、病院事業部から職員が来るのを待つことにし、それまで警察への届け出は保留とすることに決定した。病院事業部のA副参事が東京都立広尾病院に到着したのは、午前11時過ぎであった。(この時点で、死亡時刻の2月11日午前10時44分から24時間となる2月12日午前10時44分が経過してしまった。)

90%以上の確率で事故死であると思う旨報告

⑤ D子の病理解剖は、2月12日午前9時半頃から東京都立広尾病院のW子医師が中心となって行われることとなった。W子医師は、大学の病理の助教授であるY医師の応援を受けることにした。

 

この時、遺体の外表所見で右腕の静脈に沿って赤い色素沈着があるのを発見、C医師にポラロイドカメラで写真を撮ってもらった。この時、皮膚斑を見たC医師は少し驚いた感じで、わあ、すごいなと思った様子であり、皮膚斑に、それまであまり確実な自覚を持っていたようには見えなかった。

 

Y医師は遺体の右腕の状況を見て、警察に検案してもらいましょうと提案、監察医務院に連絡を取った方がいい旨言ったが、電話が直接外線につながらないため、X技師長が内線で、対策会議中の院長室に電話をかけ、電話に出たL医事課長に、病理解剖の医師が警察に届け出た方がいいと言っている旨伝えた。

 

L医事課長は、院長(被告人)に今までの方針でよいか尋ねると、院長は「それでやってください」と言った。X技師長は、許可が出たから始めるようにとW子医師らに言い、W子医師らは監察医務院に問い合わせたと誤解し、解剖を始めた。

 

解剖所見としては、右手前腕静脈血栓症及び急性肺血栓塞栓症のほか、遺体の血液がさらさらしていること(これは溶血状態であることを意味し、薬物が体内に入った可能性を示唆する。)が判明し、心筋梗塞や動脈解離症などをうかがわせる所見は特に得られず、「右前腕皮静脈内に、おそらく点滴と関係した何らかの原因で生じた急性赤色凝固血栓が両肺に急性肺血栓塞栓症を起こし、呼吸不全から心不全に至ったと考えたい」と結論された。

 

解剖終了後、Z医長とC医師、W子医師が、院長にポラロイド写真を見せて、肉眼的な所見として心筋梗塞等、病死を思わせる所見がなかったこと、血管が浮き上がっており、血液がさらさらしており90%以上の確率で事故死であると思う旨報告した。

死因の種類を「不詳の死」と記載していた

⑥ 2月20日、院長(被告人)はK副院長とともに、D子の夫であるIの自宅を訪れ、それまでの経過について中間報告を行った。その席で、Iから事故であることを認めるよう詰め寄られ、病院が警察に届け出ないのであれば、自分で届け出る旨言われた。

 

院長(被告人)は、病院関係者らと話し合い、警察に届け出ることを決め、2月22日、東京都衛生局長らと面談し、その旨を報告したところ、警察に相談する形で届け出るようにとの指示を受けて、同日、渋谷警察署に届出をした。

 

⑦ 3月10日、D子の夫であるIが保険金請求のため、D子の死亡診断書、死亡証明書の作成を東京都立広尾病院に依頼。用紙を受け取ったJ事務局長は、翌3月11日、主治医C医師にその作成を頼んだ。

 

C医師は、保険金請求用に必要な診断書だと理解した。D子が死亡した直後の2月12日付死亡診断書で、死因の種類を「不詳の死」と記載していたが、この診断書では保険の方がうまくいかないのだろうと考え、この時点で死因を不詳の死または外因死と記載するか病死と記載するか迷い、院長に相談した。院長も判断に迷い、K副院長、Q副院長、J事務局長と協議。解剖の報告書に急性肺血栓塞栓症との記載があったことから、死因を急性肺血栓塞栓症とすることにした。

 

保険請求のための診断書であり、現時点での証明であることを説明することとして、3月12日、C医師作成の死亡診断書、死亡証明書をJ事務局長がI方に持参し、同人に手渡した。

 

【東京地裁の判決は】

 

小田原 良治

医療法人尚愛会

理事長

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