「企業価値」「株式価値」「事業価値」それぞれの違い
「企業価値評価ガイドライン」(日本公認会計士協会経営研究調査会研究報告第32号)において、「価格」は売り手と買い手の交渉の結果決定される金額、と定義されている。一方「価値」とは、一定の前提条件に基づいて理論的に計算された金額、と定義されている。
M&Aの成功には、売り手と買い手の取引価格の合意(=価格の合意)が不可欠であり、その合意をより円滑なものにするためには、両者が対象となっている事業、企業、株式の「価値」を把握しておく必要がある。
本記事では、その「価値」がどのように計算されるかを取り上げる。しかし、定義にもあるように、「価値」は「一定の前提条件」を踏まえて計算されるものであるため、その条件や計算方法によっては、算出される金額にブレ幅が生じ、結果が大きく異なることもある。
つまるところ、「価値」は必ずしも1つに決定されるものではなく、計算する者の立場や計算手法によって変わるものである、という点を必ず念頭に置いてほしい。なお、「価値」は「価格」決定時の参考とする金額であるが、計算結果にブレ幅のある「価値」をどのように参考とすべきかを判断する際には、公認会計士のうち、特に価値評価の経験が豊富な専門家や、価値評価サービスを提供する専門会社からの助言を得たほうが望ましいだろう。
◆様々な「価値」の種類
「企業価値評価ガイドライン」(日本公認会計士協会経営研究調査会研究報告第32号)において、「価値」は大きく「事業価値」「企業価値」「株式価値」の3つに分類され、それぞれの以下のように定義されている。
●事業価値 ⇒ 将来その事業から得られるキャッシュフローの現在価値
●企業価値 ⇒ 「事業価値」と「非事業資産」(余剰現金、事業に利用しない有価証券、遊休資産等)の合算
●株式価値 ⇒ 「企業価値」から「有利子負債」(銀行借入、社債、リース債務等)を控除した額
企業価値と株式価値の関係は、B/S(貸借対照表)のイメージに近い。B/Sで「総資産=総負債+純資産」と計算されるように、「総資産=企業価値」「総負債=有利子負債」「純資産=株式価値」と捉えると理解がしやすいだろう。ただし、上記の定義どおり、B/Sの純資産は株式価値とイコールではなく、また、B/Sの総資産は企業価値とイコールではないので、あくまで概念的な説明であることに注意したい。
「経済合理性」を配慮し、最適な計算方法を選ぶ
◆「価値」計算の代表的な手法
「価値」は採用する計算手法や前提条件によって計算結果が大きく変わる。そのため、まずはどのような計算手法があるのかを取り上げる。
「価値」計算の手法は、一般的にインカムアプローチ、マーケットアプローチ、ネットアセットアプローチ、の3つに大別される。インカムアプローチの代表的な手法はDCF法(Discounted Cash Flow:割引現在価値法)であり、マーケットアプローチの代表的な手法は類似会社比較法、市場株価平均法であり、ネットアセットアプローチの代表的な手法は修正純資産法である。このほか、一部M&A仲介会社が「純資産+計上利益の●年分」といった計算手法を提唱しているが、これは上記分類には該当しない。
各計算手法を個別に解説することは、今回の記事では割愛するが、各手法とも計算時に何をどこまで考慮するか、どこまで細かく計算するか、によって金額に大きく差が生じ、また計算に要する時間も大きく変わってくる。計算に詳細な厳密さを追求することは、「価値」計算において必ずしも重要ではない場合もある、という点に留意が必要である。
M&Aの売り手、買い手、専門家とも経済合理性を考慮して、どの手法を採用し、どの程度の時間とコストをかけるか、という観点を持つべきである。
◆「価値」の前提条件
つぎに、「価値」がブレる要因である前提条件について取り上げる。利用する前提条件は採用する手法によって異なるが、DCF法であれば事業計画、WACC(Weighted Average Cost of Capital:資本コスト)、非事業資産、有利子負債、永久成長率、等の前提条件が利用される。類似会社比較法であれば、事業計画のほか、類似会社の一覧、類似会社の財務指標等の前提条件が必要になる。
「価値」の前提条件については、個別の評価手法の解説時に取り上げるが、このなかでも特に事業計画は重要である。事業計画がどの程度合理的かつ詳細に定められているか、何年先まで定められているか、売り手と買い手で目線が近いか否かによってM&Aの成否に大きく影響を与える点に注意すべきであろう。
《まとめ》
本記事では、「価格」決定に際して参考値となる「価値」がどういうものか、どのように計算されるかを解説しました。価値は、計算する際の立場、採用する計算手法、利用する前提条件に応じて変動するものであり、その計算結果の差異を交渉や契約内容によって埋めることで「価格」決定に至る、という点をM&Aや事業承継を実施する際には強く意識してください。
M&Aや事業承継はマニュアルどおり行われるものではなく、個別性が相当強いものです。計算された「価値」に固執せず適宜変更、省略、追加してアレンジする柔軟さも必要ですので、その際は会計士(価値評価を専門的に実施してきた人物でないと助言は難しい場合もあります)や価値評価サービスを提供する専門会社の利用も検討すべきです。
阿部 諒馬
VANDDD株式会社 代表取締役