2017年5月、企業や消費者の契約ルールを定める債権関係規定(債権法)を見直した改正民法が成立した。本連載では、債権法の改正が企業活動にどのような影響をもたらすのか、西村あさひ法律事務所の有吉尚哉弁護士とTranzax株式会社小倉隆志社長にお話を伺っていく。第4回目のテーマは、民法の改正下で起こりうる、二重支払いのリスクを防ぐ「電子記録債権」の有用性である。
正式に認められた「将来債権の譲渡」とは?
(前回からの続きです)
――民法改正で、他に考えられるリスクはありますか?
小倉 あとは、将来債権譲渡によって発生しうる二重支払いのリスクですかね。
有吉 今までも認められていたのですが、今回の民法改正によって、将来債権譲渡(譲渡担保)が可能であることが明記されましたね。
――将来債権譲渡についてご説明いただけますか?
小倉 あなたの会社の今後の売り上げを担保に融資しますよ、という仕組みです。将来発生しうる売掛債権を担保に融資する。その将来債権の譲渡が正式に認められたんです。
――それによって、どのような二重支払いのリスクが発生するのでしょう?
小倉 先ほどのケースに当てはめて、発注企業AとサプライヤーBと銀行Xとで一括ファクタリング契約を結んでいたとします。ただし、資金繰りを円滑にするために、サプライヤーBはメインバンクのYから将来債権を担保に融資を受けていた。
仮に、5年分の売上を担保に借り入れていたとしましょう。この時点で、Bは一括ファクタリングによって銀行Xから現金を受け取り、メインバンクYからも同様の債権を担保に資金を借り入れていることになります。それも、メインバンクYは5年先の債権に関しても、自分が正当な権利者であると主張できる第三者対抗要件を具備していることになります。
――つまり、サプライヤーBが倒産してしまった場合、メインバンクYは発注企業Aに対して支払い請求を行うことができる?
小倉 5年前から債権譲渡を受けている格好になるので、AがBに対して債権譲渡禁止特約を付けていても対抗できないでしょうね。だから、メインバンクYはBから資金回収できなくなったら、Aに対して弁済金の供託請求を行い、資金を回収しようとする。Bの売掛債権を一括ファクタリングで買い取る銀行Xが瑕疵担保特約を盾にAに損失補償を求めれば、Aは受け入れざるをえません。
――将来債権を担保にした融資は、どれほどあるのでしょうか
小倉 現段階ではあまりありません。ただ、アメリカでは一般的です。中小企業融資の大半は売上の将来債権担保融資。このアメリカのように、日本でも一般化していく可能性は十分にあります。
というのも、金融庁は現在、金融機関に対して事業性評価融資を進めるよう指導しています。これまでの資産を担保にした融資だけでなく、しっかり企業の事業性を評価して融資を実行せよ、と。その延長線上に、売り上げを担保にした将来債権担保融資があるのです。
有吉 法務省が債権譲渡禁止特約に関するルールを見直した背景には、これまで譲渡できなかった債権をファイナンスに使えるようにするという目的があります。それによって、中小企業の資金繰りを円滑にしようと。ただ、場合によっては将来債権譲渡によるファイナンスとうまくかみ合わずに、二重支払いのリスクが発生することもあるかもしれません。
二重譲渡がそもそも起こりえない「電子記録債権」
――それらのリスクを防ぐ方法として何か具体的なものはあるのですか?
小倉 手っ取り早いのは電子記録債権を利用する方法です。2008年12月に施行された電子記録債権法によって、現在、当社グループのTranzax電子債権を含めて5社が電子債権記録機関として指定を受けています。この指定機関を通じて、債権の電子化が可能になったのです。
――電子化すれば、二重支払いは防げるのですか?
小倉 電子記録債権には3つの特徴があります。1つには、譲渡の際の記録が電子記録債権に記載されることから、二重譲渡が起こりえない点です。また、電子記録債権が成立した瞬間に、もともとの原債権とは別個の債権となるので、原債権の管理が不要になる。電子記録債権だけを見ていればいいのです。
3つ目に、将来債権の電子記録債権化はできません。電子記録債権は既発債権に限られているんです。まだ発生してもいないし、金額も支払い期限も決まっていない債権は電子記録債権化できない。
――そうなると、一括ファクタリングの債権を電子記録債権化しても、先ほどのサプライヤーBがメインバンクYから将来債権担保融資を受けていたら、二重に債権が発生することにならないのでしょうか?
小倉 「電子記録債権の保有」というのは、“記録”が唯一の条件なので、一括ファクタリングによってサプライヤーBの電子記録債権化された売掛債権が銀行Xに譲渡されていたら、メインバンクYが「うちは何年も前からその債権を担保にとっていたんだ!」と主張したところで認められないのです。
有吉 「約束していたことを守らなかった」とBに主張することはできますけど、電子記録債権の記録がある銀行Xに対して、「うちのほうが優先される」とは主張できないんです。当然、発注企業Aに対しても主張できない。
小倉 おのずと発注企業Aにとっての債権者は銀行Xに限定されるので、メインバンクYに対する支払い義務は発生しなくなるのです。
西村あさひ法律事務所
パートナー弁護士
証券化、ストラクチャード・ファイナンスその他の金融取引および信託取引と各種の金融規制を専門とする。
金融取引については、アレンジャー、オリジネーターあるいは信託受託者のカウンセルとして、金銭債権を中心に多様なアセットクラスの証券化取引に関与した経験を有しており、国内初となったものも含む様々なスキームのストラクチャード・ファイナンス案件を手がけている。また、定型的な信託取引についてのアドバイスを行うだけでなく、新規信託商品の開発や、信託を用いた複雑なスキームの組成に関与した経験も多く有する。
さらに、金融分野での弁護士業務を通じて見識を得ていることに加えて、金融庁総務企画局企業開示課に所属し、金融規制の企画立案に携わった経験を有しているため、各種の金融規制にも精通しており、多くの銀行、信託銀行、証券会社、保険会社、ノンバンクその他の金融機関に対して金融規制についてのアドバイスを行っているほか、新類型の取引や商品と金融規制の適用に関するアドバイスを行うことも多い。
また、法制度や金融実務等に関する執筆、講演を多数行っており、各種の研究会、ワーキンググループ等に参加することも多く、金融法制に関するオピニオンリーダーの一人として認知されている。
【資格/登録】
第一東京弁護士会(2002年登録)
【学歴】
2001年 東京大学法学部第一類 (LL.B.) 経歴
【経歴】
2009年- 金融法委員会 委員
2010年-2011年 金融庁総務企画局企業開示課専門官
2013年- 京都大学法科大学院 非常勤講師
2013年- 日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」 専門委員
2013年-2014年 日本証券業協会「非上場株式の取引制度等に関するワーキング・グループ」 委員
2014年-2016年 新生債権回収&コンサルティング株式会社 取締役
2018年- 武蔵野大学大学院法学研究科 特任教授
2018年-2019年 日本証券業協会「株主コミュニティ制度に関する懇談会」 委員
2020年- 日本証券業協会「事故確認委員会」 委員
2020年- 金融庁金融審議会 市場制度ワーキング・グループ メンバー
2020年-2021年 日本証券業協会「非上場株式の発行・流通市場の活性化に関する検討懇談会」 委員
2021年-2022年 一橋大学大学院法学研究科 非常勤講師
2021年- 東京証券取引所「SPAC制度の在り方等に関する研究会」 メンバー
2021年- 金融法学会 理事
2022年 内閣府「イノベーション・エコシステム専門調査会」 委員
【主な論文/書籍】
『資産・債権の流動化・証券化〔第4版〕』(金融財政事情研究会、2022年)
『実務問答金商法』(商事法務、2022年)
『新たな信託ソリューションと法務』(金融財政事情研究会、2022年)
『Q&A金融サービス仲介業』(金融財政事情研究会、2021年)
『金融機関コンプライアンス50講』(金融財政事情研究会、2021年)
『実務解説 改正会社法<第2版>』(弘文堂、2021年)
『証券化ハンドブック』(流動化・証券化協議会、2020年)
『デジタルエコノミーと課税のフロンティア』(有斐閣、2020年)
『リース法務ハンドブック』(金融財政事情研究会、2020年)
『個人情報保護法制大全』(商事法務、2020年)
『債権法実務相談』(商事法務、2020年)
『金融資本市場と公共政策 - 進化するテクノロジーとガバナンス』(金融財政事情研究会、2020年)
「自己信託と債権譲渡の競合に関する一考察」『民法と金融法の新時代』(慶應義塾大学出版会、 2020年)
『金融資本市場のフロンティア - 東京大学で学ぶFinTech、金融規制、資本市場』(中央経済社、 2019年)
『SECURITIZATIONS: Legal and Regulatory Issues』(Law Journal Press、2019年)
『社債ハンドブック』(商事法務、2018年)
『詳解 民事信託 実務家のための留意点とガイドライン』(日本加除出版、2018年)
『金融とITの政策学 - 東京大学で学ぶFinTech・社会・未来』(金融財政事情研究会、2018年)
『新株予約権ハンドブック[第4版]』(商事法務、2018年)
『ファイナンス法大全(下)[全訂版]』(商事法務、2017年)
『資金調達ハンドブック〔第2版〕』(商事法務、2017年)
『種類株式ハンドブック』(商事法務、2017年)
『ファイナンス法大全(上)[全訂版]』(商事法務、2017年)
『ここが変わった!民法改正の要点がわかる本』(翔泳社、2017年)
『FinTechビジネスと法25講 - 黎明期の今とこれから -』(商事法務、2016年)
【受賞歴】
2022年2月 Chambers Global 2022: Capital Markets: Securitisation & Derivatives in Japan
2021年12月 Chambers Asia-Pacific 2022: Capital Markets: Securitisation & Derivatives in Japan
2021年12月 Chambers FinTech 2022: FinTech Legal in Japan
2021年9月 IFLR1000 2021-22: Capital markets: Structured finance and securitisation
2021年8月 The A-List: Japan’s Top 100 Lawyers 2021
2021年2月 Chambers Global 2021: Capital Markets: Securitisation & Derivatives in Japan
2020年12月 Chambers Asia-Pacific 2021: Capital Markets: Securitisation & Derivatives in Japan
2020年12月 Chambers FinTech 2021: FinTech Legal in Japan
2020年9月 IFLR1000 2021: Capital markets: Structured finance and securitisation
2020年4月 Best Lawyers - 2021 edition: Corporate Governance & Compliance
2020年1月 Chambers FinTech 2020: FinTech Legal in Japan
2019年12月 Chambers Asia-Pacific 2020: Capital Markets: Securitisation & Derivatives in Japan
2017年12月 日本経済新聞社「2017年に活躍した弁護士ランキング」
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連載代金支払いルールが厳格に! 親事業者のための「民法改正」対策講座