2017年5月、企業や消費者の契約ルールを定める債権関係規定(債権法)を見直した改正民法が成立した。本連載では、債権法の改正が企業活動にどのような影響をもたらすのか、西村あさひ法律事務所の有吉尚哉弁護士とTranzax株式会社小倉隆志社長にお話を伺っていく。第2回目テーマは、民法改正で「債権譲渡禁止特約」は何がどう変わったのかについてである。
180度変わった「債権譲渡禁止特約」に関する判断
(前回の続きです)
――そのほかの改正ポイントで、企業活動に影響を及ぼしそうなものはありますか?
有吉 企業の資金調達について、「債権譲渡禁止特約」に関する改正による影響が考えられます。大企業AがサプライヤーのBに5000万円の発注を行ったケースを考えてみましょう。このとき、実務上、取引契約の中で債権譲渡禁止特約が合意されるケースが少なくありません。この事例でいうと、「受注→納品」後に発生した売掛債権をAの承諾なく、Bは第三者に譲渡してはいけないという特約です。
これまでの民法では譲渡禁止特約のある債権が、Aの承諾なくBから第三者のCに譲渡された場合には、譲渡そのものが無効になると取り扱われています。特約の存在を知らなかった場合は譲受人(C)が保護されるケースもありますが、一般的には債権を譲り受けようとするときに特約のついている元の契約の中身は精査することが通常と考えられ、譲受人(C)が保護されることは多くないと思います。
しかし、今回の民法の改正により、たとえ譲渡禁止特約がついている債権であっても、基本的に譲渡は有効とされることになりました。
――なぜ、180度変わってしまったのですか?
有吉 近年では発注企業とサプライヤーと金融機関との間で一括ファクタリング契約を結んで、サプライヤーの早期資金化を支援するなど、債権譲渡を利用したファイナンスが行われることが増えてきています。
このように債権を譲渡してファイナンスに活用できる仕組みづくりを進めるうえで、債権譲渡禁止特約は障害となりえました。そのため、特約に反する譲渡も有効とすることにより、債権譲渡の活用可能性を高めることとしたのです。
「支払いミスが起こるリスク」を防ぐという目的も
――企業活動にその改正はプラスとマイナスはどちらでしょう?
有吉 債権者であるサプライヤーBにとってはプラスと考えてよいでしょう。実際に譲渡禁止特約のついた債権の譲渡がどこまで広がるか分かりませんが、少なくとも理論的には債権譲渡をファイナンスに活用できる可能性が高くなりますので。
一方で、債務者である発注企業Aにとっても、決してマイナスだけというわけではないでしょう。債務の管理の手間暇が増える可能性がありますが、債権譲渡禁止特約を“抗弁”というかたちで主張できる権利は保証されており、債務者の利益にも配慮した改正になっているのです。
簡単に言いますと、サプライヤーBから債権を譲り受けた第三者CがAに対して支払い請求を行った際に、Aは「Bと債権譲渡禁止特約を合意していたので、あなた(C)に支払う必要はありません」と拒否することができるのです。他方で、債権譲渡により取引先のBの資金調達が円滑になれば、Bとの取引も安定することになり、Aにとってもプラスとなるのではないでしょうか。
――先ほどの「特約に反する譲渡も有効」になるという改正点と矛盾するようですが……?
有吉 発注企業Aは元の債権者であるBにお金を支払えばいいのです。Cは、Bからそのお金を受け取ることで譲り受けた債権の回収を図ることになります。
――それはそれで面倒にも思えます。
小倉 発注者である大企業からすると、債権譲渡禁止特約は債務管理の手間やコンプライアンスを厳守するうえで非常に使い勝手のいいものなんですよ。普通の大企業の経理の実務で言いますと、支払先はすべてデータとして登録され、支払いはシステム化されています。それなのに、今まで取引のなかったCに債権が譲渡されていたとなれば、支払先の変更手続きを取るために、稟議に回さなければなりません。
債権の譲渡を承諾しましたという、債権譲渡手続書のようなものに印鑑を押さなければならないケースもあるでしょう。そうすると経理にかかる事務負担がどんどん膨らんでいってしまうんです。
一方で、譲受人のCが反社会的勢力だったりすると、Cに支払うだけでコンプライアンス違反になります。だから、譲受人Cがどういう人物、ないしは会社かを調査するコストも発生してしまう。
有吉 おっしゃるようにコンプライアンスの面から債権譲渡禁止特約をつけるケースもありうるところです。受注企業が債権を譲渡した先が反社会的勢力であれば問題となってしまいます。例えば、国や地方自治体が発注者となるケースが考えられます。
小倉 あとは支払いミスが起こるリスクを防ぐという目的もありますね。債権が譲渡されているのに誤って元の債権者にお金を支払ってしまったら、二重支払いのリスクが発生します。当然、経理責任者の責任が問われる。だから、以前ある企業のCFO(最高財務責任者)は、「もしもサプライヤーが当社に対する売掛債権を第三者に譲渡したいと言ってきたら、私は担当者に『その企業との取引はもうやめるように』と言う」と話していました……。
――債権譲渡禁止特約は発注企業である大企業にのみ、メリットのある特約ということですね。
小倉 逆にいうと、債権の譲渡が可能になるこということは、支払い側にとっては何のメリットもないことなんです。
西村あさひ法律事務所
パートナー弁護士
証券化、ストラクチャード・ファイナンスその他の金融取引および信託取引と各種の金融規制を専門とする。
金融取引については、アレンジャー、オリジネーターあるいは信託受託者のカウンセルとして、金銭債権を中心に多様なアセットクラスの証券化取引に関与した経験を有しており、国内初となったものも含む様々なスキームのストラクチャード・ファイナンス案件を手がけている。また、定型的な信託取引についてのアドバイスを行うだけでなく、新規信託商品の開発や、信託を用いた複雑なスキームの組成に関与した経験も多く有する。
さらに、金融分野での弁護士業務を通じて見識を得ていることに加えて、金融庁総務企画局企業開示課に所属し、金融規制の企画立案に携わった経験を有しているため、各種の金融規制にも精通しており、多くの銀行、信託銀行、証券会社、保険会社、ノンバンクその他の金融機関に対して金融規制についてのアドバイスを行っているほか、新類型の取引や商品と金融規制の適用に関するアドバイスを行うことも多い。
また、法制度や金融実務等に関する執筆、講演を多数行っており、各種の研究会、ワーキンググループ等に参加することも多く、金融法制に関するオピニオンリーダーの一人として認知されている。
【資格/登録】
第一東京弁護士会(2002年登録)
【学歴】
2001年 東京大学法学部第一類 (LL.B.) 経歴
【経歴】
2009年- 金融法委員会 委員
2010年-2011年 金融庁総務企画局企業開示課専門官
2013年- 京都大学法科大学院 非常勤講師
2013年- 日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」 専門委員
2013年-2014年 日本証券業協会「非上場株式の取引制度等に関するワーキング・グループ」 委員
2014年-2016年 新生債権回収&コンサルティング株式会社 取締役
2018年- 武蔵野大学大学院法学研究科 特任教授
2018年-2019年 日本証券業協会「株主コミュニティ制度に関する懇談会」 委員
2020年- 日本証券業協会「事故確認委員会」 委員
2020年- 金融庁金融審議会 市場制度ワーキング・グループ メンバー
2020年-2021年 日本証券業協会「非上場株式の発行・流通市場の活性化に関する検討懇談会」 委員
2021年-2022年 一橋大学大学院法学研究科 非常勤講師
2021年- 東京証券取引所「SPAC制度の在り方等に関する研究会」 メンバー
2021年- 金融法学会 理事
2022年 内閣府「イノベーション・エコシステム専門調査会」 委員
【主な論文/書籍】
『資産・債権の流動化・証券化〔第4版〕』(金融財政事情研究会、2022年)
『実務問答金商法』(商事法務、2022年)
『新たな信託ソリューションと法務』(金融財政事情研究会、2022年)
『Q&A金融サービス仲介業』(金融財政事情研究会、2021年)
『金融機関コンプライアンス50講』(金融財政事情研究会、2021年)
『実務解説 改正会社法<第2版>』(弘文堂、2021年)
『証券化ハンドブック』(流動化・証券化協議会、2020年)
『デジタルエコノミーと課税のフロンティア』(有斐閣、2020年)
『リース法務ハンドブック』(金融財政事情研究会、2020年)
『個人情報保護法制大全』(商事法務、2020年)
『債権法実務相談』(商事法務、2020年)
『金融資本市場と公共政策 - 進化するテクノロジーとガバナンス』(金融財政事情研究会、2020年)
「自己信託と債権譲渡の競合に関する一考察」『民法と金融法の新時代』(慶應義塾大学出版会、 2020年)
『金融資本市場のフロンティア - 東京大学で学ぶFinTech、金融規制、資本市場』(中央経済社、 2019年)
『SECURITIZATIONS: Legal and Regulatory Issues』(Law Journal Press、2019年)
『社債ハンドブック』(商事法務、2018年)
『詳解 民事信託 実務家のための留意点とガイドライン』(日本加除出版、2018年)
『金融とITの政策学 - 東京大学で学ぶFinTech・社会・未来』(金融財政事情研究会、2018年)
『新株予約権ハンドブック[第4版]』(商事法務、2018年)
『ファイナンス法大全(下)[全訂版]』(商事法務、2017年)
『資金調達ハンドブック〔第2版〕』(商事法務、2017年)
『種類株式ハンドブック』(商事法務、2017年)
『ファイナンス法大全(上)[全訂版]』(商事法務、2017年)
『ここが変わった!民法改正の要点がわかる本』(翔泳社、2017年)
『FinTechビジネスと法25講 - 黎明期の今とこれから -』(商事法務、2016年)
【受賞歴】
2022年2月 Chambers Global 2022: Capital Markets: Securitisation & Derivatives in Japan
2021年12月 Chambers Asia-Pacific 2022: Capital Markets: Securitisation & Derivatives in Japan
2021年12月 Chambers FinTech 2022: FinTech Legal in Japan
2021年9月 IFLR1000 2021-22: Capital markets: Structured finance and securitisation
2021年8月 The A-List: Japan’s Top 100 Lawyers 2021
2021年2月 Chambers Global 2021: Capital Markets: Securitisation & Derivatives in Japan
2020年12月 Chambers Asia-Pacific 2021: Capital Markets: Securitisation & Derivatives in Japan
2020年12月 Chambers FinTech 2021: FinTech Legal in Japan
2020年9月 IFLR1000 2021: Capital markets: Structured finance and securitisation
2020年4月 Best Lawyers - 2021 edition: Corporate Governance & Compliance
2020年1月 Chambers FinTech 2020: FinTech Legal in Japan
2019年12月 Chambers Asia-Pacific 2020: Capital Markets: Securitisation & Derivatives in Japan
2017年12月 日本経済新聞社「2017年に活躍した弁護士ランキング」
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連載代金支払いルールが厳格に! 親事業者のための「民法改正」対策講座