2017年5月、企業や消費者の契約ルールを定める債権関係規定(債権法)を見直した改正民法が成立した。本連載では、債権法の改正が企業活動にどのような影響をもたらすのか、西村あさひ法律事務所の有吉尚哉弁護士とTranzax株式会社小倉隆志社長にお話を伺っていく。第1回目のテーマは、民法改正の「4つのポイント」である。
消滅時効、法定利率、保証、約款の4つが焦点
――’17年の国会で大きく民法を改正する法律が成立しました。まず、その改正のポイントと企業活動等への影響について教えてください。
有吉 今回の改正の対象となる項目は多岐にわたりますが、改正法案の提出理由の中では、主な改正事項として大きく4つの項目が明示されています。「消滅時効」「法定利率」「保証」「定型約款」の4つです。
消滅時効については時効期間を統一化する改正が行われています。これまでの民法では債権の消滅時効の時効期間は、原則として権利を行使できる時から10年とした上で、職業別の区分によって1~3年の短期の時効期間も定められています。そのため、例えば、飲食代のツケ払いは1年、弁護士の報酬は2年など、業種によって時効期間がバラバラだったのです。これでは国民にわかりにくい、ということで職業別の短期の時効期間を廃止した上で、
現行の10年の時効期間に加えて、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間という時効期間を新たに設定し、いずれか早く到来した時点で時効が完成する内容に統一されることになります。
――では、「法定利率」の改正とは?
有吉 法定利率は当事者間の合意がないときに適用される法律に定められた利率です。例えば、金銭貸借などの契約を交わした当事者同士で、特に「年○%の金利が発生する」と定めなかった場合には、この法定利率が適用されることになります。
さらに、交通事故などによって逸失利益の損害賠償が必要となる場合には、損害賠償額の計算に当たって、その利益を取得すべきときまでの利息相当額を控除すること(中間利息控除)が必要となりますが、法定利率は、中間利息控除を行う際にも使われます。
この法定利率が、今回の改正で3%に引き下げられ、その後、市場金利に応じて3年ごとに1%刻みで改定する変動制が導入されることになりました。今の金利情勢に合わせて、民法制定以来、5%のままだった法定利率をいったん引き下げるものです。
「現代に即した債権法」への見直しとは?
――「保証」と「約款」についても解説をお願いします。
有吉 事業性の融資について経営者以外の個人保証人をつける場合には、公証人による意思確認の手続きが不可欠になりました。つまり、公証人役場に保証人となる人を連れて行き、保証人立ち合いのもと公正証書を作成するという手続きをとらないと、保証契約が有効とならないのです。
小倉 連帯保証人になってトラブルに巻き込まれるケースは非常に多いですからね。私も、Tranzaxのために最大6億円の連帯保証をさせられました(笑)。幸い、増資で得た資金で返済を済ませたので今は無借金ですが、中小企業の経営者はだいたい個人連帯保証をさせられます。
もう、経営者個人に返済能力があるかないかなんて関係ないんですよ。「しっかり働けよ」という意味合いを込めて、「事業に失敗したら全部資産を奪うぞ」と退路を断ってくるわけです。
有吉 中小企業などの場合には、会社のお金と経営者個人のお金が区別されずに管理されているケースがありますから、経営者保証には、そのような場合に、会社からも経営者からも回収できるようにしておこうという意味もあると考えられます。ただ、今回の民法の改正では、経営者個人が会社の保証人になるケースは、公正証書が必要となる対象にはなっていません。あくまで、“経営者保証以外”の個人保証が対象です。
――最後の約款は?
有吉 クレジットカードや保険に加入するとき、細かい条項が書かれた約款を渡されると思います。また、私たちが電車などを利用する際には運送約款に従って取引が成立しています。運賃を払って電車に乗って、目的地で降りるだけなら問題ありませんが、途中で事故が起きて怪我をしたら鉄道会社の責任が生じることがあります。そのときの損害賠償などについては、運送約款に従って処理がされることになります。
このように多様な取引の中で約款が用いられていますが、約款に関するルールは、実は民法のどこにも書かれていないんです。今回の民法改正では、「定型約款」という概念を設けて、どのような場合に約款の内容が契約としての拘束力を持つことになるか、などの約款に関するルールが整備されています。
――なぜ、120年ものそのままだったのに、今改正されることになったのでしょう?
有吉 民法のなかでも親族関係や相続に関するルールなどは過去に全面的に改正されていますが、今回、改正された債権や契約に関するルールは明治時代に民法が制定されてから抜本的な見直しが行われてきませんでした。
その間に、社会経済や取引慣行は大きく変わっていますし、民法の条文に書かれていないものの判例や学説の蓄積によって確立したルールも増えてきています。こういったことを踏まえて、現代に即した民法に見直そうという動きが起こり、数年の議論を経て、ようやく'17年に改正法が成立したかたちです。
西村あさひ法律事務所
パートナー弁護士
証券化、ストラクチャード・ファイナンスその他の金融取引および信託取引と各種の金融規制を専門とする。
金融取引については、アレンジャー、オリジネーターあるいは信託受託者のカウンセルとして、金銭債権を中心に多様なアセットクラスの証券化取引に関与した経験を有しており、国内初となったものも含む様々なスキームのストラクチャード・ファイナンス案件を手がけている。また、定型的な信託取引についてのアドバイスを行うだけでなく、新規信託商品の開発や、信託を用いた複雑なスキームの組成に関与した経験も多く有する。
さらに、金融分野での弁護士業務を通じて見識を得ていることに加えて、金融庁総務企画局企業開示課に所属し、金融規制の企画立案に携わった経験を有しているため、各種の金融規制にも精通しており、多くの銀行、信託銀行、証券会社、保険会社、ノンバンクその他の金融機関に対して金融規制についてのアドバイスを行っているほか、新類型の取引や商品と金融規制の適用に関するアドバイスを行うことも多い。
また、法制度や金融実務等に関する執筆、講演を多数行っており、各種の研究会、ワーキンググループ等に参加することも多く、金融法制に関するオピニオンリーダーの一人として認知されている。
【資格/登録】
第一東京弁護士会(2002年登録)
【学歴】
2001年 東京大学法学部第一類 (LL.B.) 経歴
【経歴】
2009年- 金融法委員会 委員
2010年-2011年 金融庁総務企画局企業開示課専門官
2013年- 京都大学法科大学院 非常勤講師
2013年- 日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」 専門委員
2013年-2014年 日本証券業協会「非上場株式の取引制度等に関するワーキング・グループ」 委員
2014年-2016年 新生債権回収&コンサルティング株式会社 取締役
2018年- 武蔵野大学大学院法学研究科 特任教授
2018年-2019年 日本証券業協会「株主コミュニティ制度に関する懇談会」 委員
2020年- 日本証券業協会「事故確認委員会」 委員
2020年- 金融庁金融審議会 市場制度ワーキング・グループ メンバー
2020年-2021年 日本証券業協会「非上場株式の発行・流通市場の活性化に関する検討懇談会」 委員
2021年-2022年 一橋大学大学院法学研究科 非常勤講師
2021年- 東京証券取引所「SPAC制度の在り方等に関する研究会」 メンバー
2021年- 金融法学会 理事
2022年 内閣府「イノベーション・エコシステム専門調査会」 委員
【主な論文/書籍】
『資産・債権の流動化・証券化〔第4版〕』(金融財政事情研究会、2022年)
『実務問答金商法』(商事法務、2022年)
『新たな信託ソリューションと法務』(金融財政事情研究会、2022年)
『Q&A金融サービス仲介業』(金融財政事情研究会、2021年)
『金融機関コンプライアンス50講』(金融財政事情研究会、2021年)
『実務解説 改正会社法<第2版>』(弘文堂、2021年)
『証券化ハンドブック』(流動化・証券化協議会、2020年)
『デジタルエコノミーと課税のフロンティア』(有斐閣、2020年)
『リース法務ハンドブック』(金融財政事情研究会、2020年)
『個人情報保護法制大全』(商事法務、2020年)
『債権法実務相談』(商事法務、2020年)
『金融資本市場と公共政策 - 進化するテクノロジーとガバナンス』(金融財政事情研究会、2020年)
「自己信託と債権譲渡の競合に関する一考察」『民法と金融法の新時代』(慶應義塾大学出版会、 2020年)
『金融資本市場のフロンティア - 東京大学で学ぶFinTech、金融規制、資本市場』(中央経済社、 2019年)
『SECURITIZATIONS: Legal and Regulatory Issues』(Law Journal Press、2019年)
『社債ハンドブック』(商事法務、2018年)
『詳解 民事信託 実務家のための留意点とガイドライン』(日本加除出版、2018年)
『金融とITの政策学 - 東京大学で学ぶFinTech・社会・未来』(金融財政事情研究会、2018年)
『新株予約権ハンドブック[第4版]』(商事法務、2018年)
『ファイナンス法大全(下)[全訂版]』(商事法務、2017年)
『資金調達ハンドブック〔第2版〕』(商事法務、2017年)
『種類株式ハンドブック』(商事法務、2017年)
『ファイナンス法大全(上)[全訂版]』(商事法務、2017年)
『ここが変わった!民法改正の要点がわかる本』(翔泳社、2017年)
『FinTechビジネスと法25講 - 黎明期の今とこれから -』(商事法務、2016年)
【受賞歴】
2022年2月 Chambers Global 2022: Capital Markets: Securitisation & Derivatives in Japan
2021年12月 Chambers Asia-Pacific 2022: Capital Markets: Securitisation & Derivatives in Japan
2021年12月 Chambers FinTech 2022: FinTech Legal in Japan
2021年9月 IFLR1000 2021-22: Capital markets: Structured finance and securitisation
2021年8月 The A-List: Japan’s Top 100 Lawyers 2021
2021年2月 Chambers Global 2021: Capital Markets: Securitisation & Derivatives in Japan
2020年12月 Chambers Asia-Pacific 2021: Capital Markets: Securitisation & Derivatives in Japan
2020年12月 Chambers FinTech 2021: FinTech Legal in Japan
2020年9月 IFLR1000 2021: Capital markets: Structured finance and securitisation
2020年4月 Best Lawyers - 2021 edition: Corporate Governance & Compliance
2020年1月 Chambers FinTech 2020: FinTech Legal in Japan
2019年12月 Chambers Asia-Pacific 2020: Capital Markets: Securitisation & Derivatives in Japan
2017年12月 日本経済新聞社「2017年に活躍した弁護士ランキング」
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連載代金支払いルールが厳格に! 親事業者のための「民法改正」対策講座