「建築家のデザイン」を取り入れたオンリーワンの物件で知られる神奈川の注文住宅大手タツミプランニングと、日本最大級の建築家ネットワークを作り上げたアーキテクツ・スタジオ・ジャパン(ASJ)。本企画では、両社がタッグを組んで空室リスクの低減を狙う、「建築家のデザイン」を取り入れた収益物件の魅力を、第一線で活躍する建築家の方々に語っていただく。第5回目~第6回目では、建築家のデザインだから実現した「高収益物件」の実例を紹介する。まずは、矢作昌生氏と平野智司氏の手掛けた物件である。

これだけのデザインで相場の家賃より安い、となれば・・・

――皆さんが実際に手がけられてきた物件事例をご紹介いただけますでしょうか。

 

6世帯が入るワンルームマンション
6世帯が入るワンルームマンション
片廊下側が全面ガラス張り
片廊下側が全面ガラス張り
10年間ほとんど空室はない
10年間ほとんど空室はない

矢作 先ほどもお話をさせていただいた、私の事務所が入っている物件は、ストーリーがおもしろいのでご紹介させていただきます。北子安にある130坪の土地をオーナーさんが相続することになって、賃貸を建てようと考えたんですね。そこで雑誌か何かで僕が安くやってくれそうな顔をしていたので選んだというのです(笑)。

 

お話を聞いたら、手持ち資金ゼロではじめ、賃料でローンを払うとおっしゃる。しかも、「グリーンカード」と言うフランス映画に出てくるような集合住宅を作りたいと。さすがにそれは無理としても、できるだけ要望に応えようと費用を削りに削っていきました。

 

床のフローリングを貼るお金がなかったのでコンクリートの打ちっ放しにしたり、キッチンや洗濯機置き場など水回りを全部、外側に一直線に並べて配置して、断熱材代わりにしました。ワンルームで8万円という、相場からは考えられない強気の家賃設定ではありましたが、すぐに全部埋まって、今10年目に入りましたが、ほとんど空きがでない状態。

 

6世帯のうち3人は、ずっと10年間住んでいますね。結局、オーナーさんも元ミュージシャンで生活を楽しんでいらして、そのキャラクターに魅力を感じ、“この人たちとだったらお金がなくても、楽しいものができるな”と思ったんですよね。そういう気持ちの部分って、結構重要だったりします。

 

幅13.5m、奥行65mの変形地
幅13.5m、奥行65mの”うなぎの寝床”
戸建て感を残したユニークな構造
戸建て感を残したユニークな構造
あえて家賃を低めに設定した
あえて家賃を低めに設定した

平野 私は敷地の幅が13.5m、奥行65mという、巨大なうなぎの寝床のような土地を相続したオーナーさんからご依頼を受けました。これまで長くお勤めになられていたので、賃貸住宅の建設や管理は初めての経験。最初は半信半疑な状態だったと思うのですよね。まずは信頼関係を構築するのが重要だと考え、できる限りの複数案を提案して、選んでいただきながら一緒に作っていくという感覚を持っていただこうと考えました。

 

この巨大なうなぎの寝床をどのように料理していくのか?という課題を一緒に解決しながら、物件と信頼関係を同時に構築していきましたね。7割ぐらい完成するまでは、たぶん僕のことを信用していなかったんだと思うんですよ。まわりの流れ乗っからざるを得ないよなという感じで。最後に完成した物件を見て“こうなるんですか”と驚かれて(笑)、そして満足してくれましたね。

 

長さが不利益にならないよう、廊下があって、バルコニーがあります、というマンションの模範解答みたいなことは避けて、長い廊下を路地のように仕立て、戸建て感を残した、非常にユニークな構造にしました。わざと相場から少し低めの家賃設定をご提案したのですが、これだけのデザインで、相場の家賃より安いんだと入居者に認識してもらったらもう、圧倒的な競争力を手にするのです。欲張らないというのがすごく長期的に魅力が継続する秘訣ですね。

 

困っている時ほど、建築家は頼りになる存在に

――今後の賃貸、収益物件業界はどうなっていくと、矢作先生、平野先生は予想されますか?

 

矢作 都心部において、今現在は、満室であっても、もう人口が減っていくことは明らかなので、物件が余ってきた時にどう考えるか? 個性や魅力がなければ、もう太刀打ちできなくなるということですよね。

 

もうひとつ、今後はその余ってしまった物件をどうするか?という問題にぶち当たるオーナーさんも増えてきます。困った時に頼れるのが、僕たち建築家だと認識していただきたい。決まりきった形にはとらわれないし、観察力あって、アイデア持っていて、お金の勘定ができる人たちですから、困っている時ほど頼りになります。

 

平野 矢作さんの言うとおり、30年ほど前に主流だった3DKなんて呼ばれるマンションなどが軒並み余っていっている。新築に立て替えるかリノベーションでしのぐべきか、その瀬戸際にある物件もどんどん増えていますね。私も何件か手がけてのですが、厳しいコスト条件で、何とかしてと言われたら、思い切ったアイデアが出てくるものなのです。あらゆる場面で建築家をご活用いただきたいですね。

 

取材・文/伊藤 秋廣 撮影(人物)/永井 浩 
※本インタビューは、2017年8月30日に収録したものです。