設計の力でクライアントが求める利回りに近づける
――建築家は現在の賃貸住宅市場をどのように見ているのでしょうか?
山本 よくもこれだけ同じような物件をつくるなぁと(笑)。同じような物件ばかりなので、家賃を下げることでしか客付けができない物件が増えている印象です。一方で、一時期デザイナーズマンションなども人気化で、たくさん建てられましたが、機能が見合ってない物件が多いという印象です。
例えば、コンクリートの打ちっぱなしがおしゃれだと持てはやされましたけど、過去に建設された物件は断熱効果に劣るものが少なからずあり、冬は寒くて住めたものじゃない……という物件も多いのです。
――そのデザイナーズマンションと山本さんが手がけられた賃貸住宅の違いはどこにあるのでしょう?
山本 まず、その物件ならではの特徴をつけるようにしています。例えば、私が得意とするガレージ付きの物件。2000年に竣工した駒澤大学駅から徒歩5分の場所にある集合住宅は、事業用資産の買い替え案件で税法上の特例をうけるために、資産売却年度内の竣工が必須要件でした。工期が限られているなかで、ガレージを兼ねる1階をRC造とし、2・3階を木造スケルトンにしたんです。建物投資額1億4500万円に対して、年間賃料は2280万円。周辺相場よりも1割ほど高めの家賃設定ですが、今でもほぼ竣工時と変わらない家賃を維持しています。当然、満室経営。同じように、横浜市青葉区あざみ野に作ったガレージハウスは13年間、まったく賃料を変えずに運営されています。
――特徴をつけるだけで高収益物件ができあがる?
山本 もちろん、綿密なコスト計算が必要です。私の場合、依頼を受けてまず立ち上げるのは、CADなどの図面ソフトでなく、表計算ソフトのExcelです。建築予算や周辺家賃相場などを打ち込んでいって、いかにしてクライアントが求める利回りに近づけられる物件をつくるか考えていくわけです。収益計算は今や設計の一部なんです。
どんなデザインにしたら「競争力」を保てるかを考える
――まずはじめに収益計算をということは…デザインは後回しですか?
山本 乱暴にいえば、そうですね(笑)。敷地とその敷地に物件を建設できる面積を建築基準法に照らし合わせて弾き出し、一戸当たり何㎡にして、何戸つくって、一戸当たりいくらの建設コストでつくって、賃料をいくらにしたら、クライアントが求める利回りに近づけられるか計算できるじゃないですか? そのうえで弾き出された建築コストをもとに、デザインを考えていくという手順を踏みます。
自治体によって一戸当たりの面積次第で不動産取得税が変動するので、このエリアであれば最低でも40㎡以上の部屋にしたほうがいいな、といったことも考える。自体の条例は徹底的に精査しますね。そのうえで、周辺物件のリサーチも自ら行って、どんなデザインにしたら競争力を保てるか考える。そのなかで、アピールポイントにする部分にだけ、多少多めにお金をかけるというのがコツですね。
――例えば、ガレージなどのことですね?
山本 そのとおりです。ガレージハウスでなくても、床材に無垢のフローリングを使ったケースもあります。もちろん、通常の安いフローリング材と比べれば、コストは数倍になります。しかし、その分、アピールポイントとなって入居者に大事に使ってもらえるんです。仮に入居者が変わっても、安いフローリング材と違って張り替えの必要がありません。極端な話、削るだけで元の綺麗な木目が浮かび上がってくるのでメンテナンスコストを抑えることが可能なのです。
実際、私が10年前に手掛けた無垢のフローリングを最初に使用した賃貸住宅が先日、10年目の大規模改修を迎えて見に行ってきたのですが、深みのある飴色になっていました。10年使われていたのに、傷や凹みがほとんどなく、張り替えの必要はありませんでした。それだけ入居者が大事に使ってくれたということでしょう。
――では、アピールポイントにお金をかけて、どんな部分の建築コストを削るのですか?
山本 簡単にいうと、無駄のない構造にすることで建築コストを抑えるようにしています。例えば、“跳ね出し”部分を構造的負荷のない範囲に抑えるといった具合です。バルコニーって床が外側に跳ね出しているじゃないですか? 広く取ろうと2mも3mも跳ね出すように設計すると、重力に逆らう形になるので非常に負荷のかかる構造となり、建築コストも“跳ね上がる”。あとは、クロス(壁紙)は安いものを使うなどしてバランスを取ったりしもしますが、シンプルな構造を心がければ、建築コストを低く抑えることができるんです。