「入居者が交流できるスペース」を確保する理由
――建築家として賃貸住宅を手掛けるうえで、気を付けていることはありますか?
山本 入居者の方々が交流できるスペースの確保をなるべくつくるようにしています。これは、満室経営を実現するのに、非常に重要なポイント。ご近所さんとよい関係を築けば、おのずと入居者は長く住むようになるからです。入居者の入れ替わりがあれば、短期的に空室が発生します。
ところが、私が手掛けた賃貸住宅ですと、長い人で15年近くも住み続けている方もいる(笑)。ずっと住み続けてくれる方がいるからこそ、収益計画どおりの投資回収も可能になるのです。
――交流できるスペースというのは具体的にどういうものですか?
山本 例えば、神奈川県の江田に作った賃貸住宅はオーナーが造園業を営んでいるという特性を生かして、すごい立派な庭をつくったんですよ。ランドスケープデザイナーと一緒に植栽のデザインをしっかりして、四季折々に何かしらの実がなるように工夫しました。
設計を依頼された10年前、江田には慶應の幼稚舎などが誘致され、これから間違いなく子育て世代が増えるという確信がありました。そこで、子育てがしやすい賃貸住宅を作りましょうと、オーナーと一緒にアイディアを練ったのです。お母さんが料理するダイニングキッチンはその庭側を向いていて、料理しながら子供が庭で遊ぶ様子が見られるようになっています。
さらに、基本的なデザインは統一しながら全19戸の間取りを少しずつ変えました。40㎡程度の物件には30代夫婦、60㎡程度の物件は子連れ夫婦、それより少し小さな物件は子供が自立した老夫婦というように、いろんな世代の方が入居してくれれば、リスクヘッジにもなるという考えがあったんです。
実際、10年たって、その集合住宅にはさまざまな世代の方が住まわれて、立派な庭で交流を深めている。ごくごく稀に転勤で引越しされる方もいますが、10年間ずっと満室経営が続いています。
入居者の心を掴む「心地よいコミュニティ」とは?
――交流スペースをつくるには、それなりの敷地が必要になりそうですが……。
山本 必ずしもそうとは限りませんよ。神奈川県川崎市の建設会社からオフィス併用住宅の設計を依頼された際には、南側に開放廊下を設置したんです。それも、通常の廊下の倍ぐらいの広さにして、光庭という建物や壁で囲われた庭をつくりました。南側だから、当然、各住居には大きな窓がついているわけです。だから、人が廊下を通るたびに、入居者と目が合ったりして、挨拶を交わすようになる(笑)。
賃貸住宅の廊下部分が、下町の路地のようになったとイメージしてくれればわかりやすいかもしれません。バルコニーは多摩川が流れる北側を向くという特殊な物件ではありますが、その分、バルコニーを広く取ってデッキ風にしました。この物件も、入居者の心地よいコミュニティが形成されて、ほとんど入れ替えはありません。
――そのような交流スペースを確保した物件でも十分な利回りが見込める?
山本 もちろん可能ですよ。利回りにして8%を狙える物件が少なくありません。それも、入居者の入れ替えがほとんどないから、改修費用が全然かからない(笑)。仮に、周辺環境が将来的にガラッと変わる可能性があるようならば、それを前提にした設計も可能です。
私が手掛けた例でいえば、将来的に2戸の壁をぶち抜いて1戸にリノベーションできるよう設計した物件もあります。単身者や若い夫婦が減って、ファミリー層の需要が高まった際に対応できるようにと。このような将来的な環境の変化を加味して、目標利回りを設定することも可能なのです。