※写真はイメージです/PIXTA
2,000万円を払って入居した高級老人ホーム、それでも消えなかった不満
「もう我慢の限界です。こんな生活をするために、ここに入ったわけではありません」
入居先の老人ホームについて、家族にそう訴えるようになったのは、高橋幸子さん(仮名・80歳)です。夫を亡くしてからも都内の自宅で一人暮らしを続けてきましたが、年齢を重ねるにつれて、食事の準備や掃除などの家事が負担になっていきました。体調を崩したときに頼れる人が近くにいないことも、不安のひとつだったといいます。
そこで幸子さんは、長男夫婦と相談し、有料老人ホームへの入居を決断しました。選んだのは、ホテルのような共用空間や専用居室を備え、食事や生活支援のサービスも充実したホームでした。入居一時金は2,000万円、月額費用は30万円ほど。長年の蓄えがあった幸子さんにとって、費用を支払うこと自体は大きな問題ではありませんでした。
「お金のことよりも、これから安心して暮らせることを優先したかったんです」
見学時の職員の対応も丁寧でした。館内は清潔で、食事の内容にも不満はありません。入居前の幸子さんは、新しい生活に期待を寄せていました。ところが、実際に暮らし始めると、すぐに見学だけではわからなかった問題が見えてきたといいます。
まず幸子さんが戸惑ったのは、入居者同士の人間関係でした。食堂や共用スペースでは、入居者同士が自然と顔見知りになります。しかし、長く暮らしている人たちの間には、パンフレットには載っていない独自のルールや距離感がありました。誰と一緒に食事をするのか、どのような話題なら受け入れられるのか。明文化されているわけではないものの、周囲の様子をうかがいながら過ごすことに、幸子さんは疲れを感じるようになります。
一人で静かに過ごしたい日もあります。かといって、周囲との関係を悪くしたいわけではありません。新しい環境になじもうとするほど、気を使う場面が増えていきました。
さらに、幸子さんの不信感を強めたのが、職員の接し方です。職員にとっては、転倒や体調悪化を防ぐための声かけだったのかもしれません。しかし、幸子さんには、何をするにも先回りして指示されたり、子どもに言い聞かせるような口調で話されたりしているように感じられました。
「『たかはしさーん、大丈夫ですかー』『お薬、ちゃんと飲みましたかー』とか……私は子どもではありません。大人です」
幸子さんは、そうした対応に不満を募らせていきます。
厚生労働省が示す有料老人ホームの運営に関する指針では、入居者の福祉と生活の質に配慮した運営が求められています。高齢者の安全を守ることは重要ですが、それと同時に、本人の意思や尊厳を尊重することも欠かせません。
幸子さんはそう力なくつぶやきます。
「気を遣われる年齢だということを私が受け入れられていないといえば、それまでなのですが……」