将来や老後への備えを意識するあまり、日ごろから「お金がない」と口にして家計を引き締める世帯は少なくありません。しかし、過度な節約志向は長い年月を経て思わぬ弊害を生むことも。事例を見ていきましょう。※本記事に掲載している事例は、プライバシー保護および情報の一般化のため、実際の相談事例をベースに一部の数値や設定を変更・再構成したものです。
「うちは貧乏だから」と息子に言い続けた行く末…年金月23万円の65歳夫婦、孫にもなかなか会えない寂しい老後を送る理由 (※写真はイメージです/PIXTA)

口癖だった「うちにはお金がない」

「よそはよそ、うちはうち。うちは貧乏だから。――息子にはそう言い続けてきました」

 

郊外の自宅で妻のナルミさん(61歳)と2人、静かな老後を送るシゲオさん(65歳)。夫婦で受け取る公的年金は月約23万円あり、長年の節約の甲斐あって手元の金融資産は2,000万円を超えています。住宅ローンの返済も無事に完了しており、経済的には大きな心配のない老後生活を確立していました。

 

現役時代のシゲオさんは中堅企業に勤め、年収はピーク時で約740万円。契約社員として働いていたナルミさんの収入を合わせると、世帯年収は1,000万円近くにもなる時期もありました。客観的に見れば貧しい家計状況とはいえないでしょう。

 

しかし、シゲオさんは幼少期に苦労した経験から「お金は蓄えるもの」という強い観念を抱いており、ナルミさんとともに結婚当初から節約生活を続けてきました。住まいは2LDKの中古住宅、普段着る衣類はユニクロや古着で済ませ、外食や家族旅行も極力避けてきたのです。一人息子のサトシさん(35歳)の教育環境もそうでした。サトシさんが高校生になり大学受験を控えた時期、シゲオさんは伝えます。

 

「我が家には余裕がない。塾には行かず、自分で頑張りなさい。受験する大学は2校だけにしてくれ。電車代がかかる遠方の大学や、学費が高いところの私立はあきらめなさい」

 

サトシさんは親の言葉に従い、第一志望の大学を諦めて提示された条件に収まる国立大学へ進学。学費の一部は奨学金を借り入れて賄い、卒業後も実家から会社へ通いながら返済を続けました。社会人1年目が過ぎたころ、シゲオさんから「もう一人前なのだから自立しなさい」と促され、サトシさんは実家を出て一人暮らしを始めました。その後、結婚し先日孫が生まれます。

 

シゲオさんは定年退職後、老後の住まいとして、古くなっていた家の解体と建て替えを決断します。貯蓄を切り崩し、孫が生まれた際に泊まれる予備の部屋まで備えた立派な新築住宅が完成しました。

 

ところが、建て替えの報告を受けたサトシさんの反応はどこか冷ややかなものでした。それ以来、正月や盆の帰省もなくなり、こちらから連絡を入れても素っ気ない返事が返ってくるばかり。寂しがる妻ナルミさんの姿を見かねたシゲオさんが「たまには顔を出したらどうだ」と電話で声をかけた際、サトシさんから返ってきたのは思いがけない言葉でした。

 

「昔から『うちは貧乏だから』と言われ続けて、欲しいものも進学先も我慢するのが当たり前だと思ってたんだよね。奨学金の返済もまだ続いているし……正直、家を建て替える余裕があったなんて知ったときは、なんか冷めちゃったんだと思う。別に恨んでるわけじゃないけど、進んで実家に帰ったり、密に関わったりする気にはなれないんだよね」

 

シゲオさんは言葉を失いました。

 

節約は家族の将来を守るための善意だったはずが、我が子にとっては「お金があるのに使わなかった親」という冷めた思いとして残っていたようです。現在、サトシさん家族との交流は最低限のやりとりにとどまり、孫の顔を見る機会もほとんどありません。十分な資金がありながらも、どこか距離のある親子関係に寂しさを抱えながら、シゲオさんは静かな老後を過ごしています。