「私にも私の生活があるの」妻の言葉で気づいたすれ違い
退職から2ヵ月ほどたったころ、隆夫さんは美佐子さんに不満をぶつけました。
「せっかく退職したんだから、もう少し一緒に過ごしてもいいんじゃないか?」
すると美佐子さんは、少し困った表情で答えました。
「一緒に出かけるのはいいけど、私にも私の生活があるのよ」
美佐子さんは、夫が仕事に出ている間、パート勤務や趣味、友人との交流を通じて自分の生活を築いてきました。
「あなたが会社に行っていた38年間、私も家のことをしながら、自分の予定を作ってきたの。それを急に全部変えるのは難しいわ」
さらに美佐子さんは、昼食についても話しました。
「毎日お昼を用意するのは大変だから、自分で食べるものは自分で考えてほしいの」
隆夫さんは、そこで初めて妻の負担に気づいたといいます。
内閣府『令和2年版男女共同参画白書』によると、仕事をしている人の「仕事のある日」の家事時間は、単独世帯では男女差がほとんどない一方、夫婦で暮らす世帯では女性が男性の2倍以上となっています。仕事のない日にも同様の傾向がみられます。
隆夫さんも会社員時代、家事のほとんどを妻に任せていました。
「妻が毎日何をしているか、考えたこともありませんでした。自分が家にいるようになれば、妻も一緒にのんびり過ごすものだと思っていたんです」
美佐子さんの話を聞いてから、隆夫さんは少しずつ自分の生活を見直し始めました。
まず取り組んだのは、昼食の準備です。最初は冷凍食品を温める程度でしたが、最近は簡単な炒め物やパスタを作るようになりました。
「自分で作ってみると、買い物から片付けまで結構時間がかかるんですよね」
また退職前の同僚に連絡を取り、月に一度、一緒にゴルフへ行くことにしました。近所のスポーツセンターにも通い始めています。
「妻が出かける日に、自分も何か予定を入れるようになったら、平日が退屈じゃなくなりました」
夫婦で過ごす時間も、少しずつ増えてきました。先日は美佐子さんの提案で、以前から気になっていたレストランへランチに出かけたそうです。
「久しぶりに2人で外食したら、妻が楽しそうにしていて。私も素直に楽しかったです」
隆夫さんは、退職金2,800万円があることもあり、当初は旅行や外食にお金を使うことばかり考えていました。しかし今は、退職後の時間をどう過ごすかにも目を向けています。
「妻と毎日一緒にいるのが理想だと思っていました。でも、今はそれぞれの予定があって、ときどき一緒に出かけるくらいがちょうどいいのかもしれません」
今後は65歳から受け取る予定の年金見込額も確認し、夫婦で家計や旅行の計画を話し合っていくつもりです。
定年退職によって夫の在宅時間が増えても、妻がそれまで続けてきた生活や交友関係は変わらずにあります。退職後の暮らしを考える際には、家計の見通しだけでなく、家事の分担や互いの予定、夫婦で過ごしたい時間についても、早い段階から話し合っておくことが大切でしょう。
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