「これからは毎日一緒だな」定年退職を迎えた夫の期待
60歳の隆夫さん(仮名)は、今年の春、大手メーカーを定年退職しました。
大学卒業後から38年間勤め、退職前は営業部門の管理職として年収約1,150万円を得ていました。退職金は2,800万円。住宅ローンも完済しており、夫婦の預貯金は退職金を除いて約1,500万円あります。
58歳の妻・美佐子さん(仮名)は、結婚後しばらく専業主婦でしたが、子育てが落ち着いてからは週3日、近所の事務所でパート勤務を続けています。
隆夫さんは長年、朝早く家を出て夜遅く帰宅する生活でした。
「平日はほとんど家にいなかったので、妻とゆっくり話す時間もありませんでした。退職したら、一緒に出かける機会を増やそうと思っていたんです」
定年退職の日には、美佐子さんが好物の料理を用意してくれました。
「長い間、お疲れさま」
そう声をかけられた隆夫さんは、翌日から始まる自由な生活に胸を躍らせていたといいます。
ところが、退職して最初の月曜日。朝食を終えた美佐子さんは、いつものように身支度を始めました。
「今日は友達とランチだから、お昼は適当に食べてね」
隆夫さんは驚きました。
「えっ、今日は仕事じゃないのか?」
「うん。月曜日はお休み。前から約束していたの」
美佐子さんが出かけた後、隆夫さんは一人でテレビを見て過ごしました。
昼になって冷蔵庫を開けても、すぐに食べられそうなものはありません。結局、棚にあったカップ麺にお湯を注ぎました。
「妻は友人とランチ、私はひとりでカップ麺。思い描いていた定年後の生活とは、ずいぶん違っていました」
その週の木曜日も、美佐子さんは趣味のフラダンス教室へ。金曜日はパート仲間との食事会が入っていました。
隆夫さんが「今度、一緒に映画でも行かないか」と誘っても、「来週は予定があるから、再来週なら」と返ってきます。
「妻は私が退職するのを知っていたはずなのに、何も変わらないんですよ」
不満を口にすると、美佐子さんは不思議そうな顔をしました。
「だって、ずっとこういう生活だったもの。あなたが退職したからって、全部予定を変えるわけにはいかないでしょう」
隆夫さんは返す言葉がありませんでした。仕事をしていたころ、妻が平日をどのように過ごしているか、詳しく聞いたことがなかったのです。
