母が食費を切り詰めていた理由
その日、浩一さんは母と一緒に家計を確認することにしました。
文子さんの年金は月約12万円。税金や社会保険料などを差し引いた手取りは月11万円前後です。
食費以外の生活費は、光熱費や通信費、日用品、通院費などを合わせて月約7万円。食費を2万円に抑えているため、通常の月は2万円ほど残る計算でした。
預貯金も約450万円あります。
「これなら、もう少し食費を増やしても大丈夫じゃない?」
浩一さんが尋ねると、文子さんは首を横に振りました。
「家が古いから、また修理が必要になるかもしれないでしょう。病気になったら、今よりお金もかかるだろうし」
数年前には屋根の補修に約80万円かかりました。それ以来、まとまった出費への不安が強くなり、できるだけ年金を残しておこうと考えるようになったそうです。
総務省統計局『家計調査報告(家計収支編)2025年平均結果の概要』によると、65歳以上の単身無職世帯の1ヵ月当たりの消費支出は14万8,445円。このうち食料費は約4万2,500円です。
文子さんの食費2万円は、その半分以下。ただし、文子さんの場合は米や自家栽培の野菜を購入していないため、単純に同じ条件で比較できるわけではありません。
「畑で採れたものを食べるのはいいと思う。でも、好きだった魚まで我慢しなくてもいいんじゃない?」
そう言われた文子さんは、少し黙ってから答えました。
「本当はサケとかサバとか、食べたいときもあるのよ。でも値段を見ると、つい戻しちゃうの」
浩一さんはその日の夕方、母をスーパーに誘いました。
鮮魚売り場でサケの切り身を手に取った文子さんは、「今日はこれを焼こうかしら」と久しぶりに楽しそうな表情を見せたそうです。
親子で相談し、今後は食費を月3万円程度まで使ってもよいことにしました。米や野菜を自分で用意できる分、魚や肉、卵、乳製品などを無理なく買い足す方針です。
浩一さんも実家を訪れる回数を増やし、買い物に付き添うようになりました。
「母は相変わらず値札を気にしています。でも、この前は電話で『今日はサバを煮たよ』って話してくれました」
文子さんにとって、畑仕事も節約も長年続けてきた生活の一部です。浩一さんは、その習慣を否定せず、食事の楽しみを取り戻してほしいと考えています。
高齢期には、将来の医療費や住宅の修繕費などに備え、支出を抑えたいと考えることもあるでしょう。ただ、食費を減らすために食品の種類まで限られてしまうと、栄養が偏るおそれがあります。
離れて暮らす親が「生活には困っていない」と話していても、普段どのような食事をしているかまでは分からないものです。家計の金額に加え、冷蔵庫の中身や日々の食事についても話す機会を持つことが、生活の変化に気づくきっかけになるでしょう。
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