1.そもそも「カスハラ」とは?——正当なクレームとの線引き
改正法の指針では、カスハラを次の3つの要素をすべて満たすものと定義しています。
①顧客、取引先、施設利用者その他事業に関係を有する者の言動であること
②社会通念上許容される範囲を超えたものであること
③労働者の就業環境が害されること
ここで最も大切なのは、「顧客から苦情を言われた=カスハラ」ではないという点です。正当な苦情やクレームは、商品・サービスの改善につながる貴重な機会であり、それ自体が問題とはいえません。カスハラに該当するのは、あくまで社会通念上許容される範囲を「超えた」言動です。
指針では、カスハラの典型例として、「言動の内容」が許容範囲を超えるものと、「手段・態様」が許容範囲を超えるものが挙げられています。
「内容」の例としては、そもそも要求に理由がない場合(性的な要求や労働者のプライバシーに関わる要求など)、契約で想定されるサービスを著しく超える要求、対応が著しく困難・不可能な要求、商品やサービスと無関係な不当な損害賠償の要求があります。
「手段・態様」の例としては、殴る・蹴る・叩くといった身体的な攻撃、人格を否定する暴言や土下座の強要といった精神的な攻撃、大声をあげての威圧、同じ質問を執拗に繰り返す継続的な言動、長時間の居座りや長電話による拘束的な言動があります。いずれか一方だけが許容範囲を超えていてもカスハラに該当し得ます。
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2.カスハラの相談は増えている——数字で見る実態
厚生労働省の「令和5年度(2023年度)職場のハラスメントに関する実態調査」(令和6年3月公表)によると、過去3年間に労働者から「顧客等からの著しい迷惑行為」(カスハラ)の相談があったと回答した企業の割合は27.9%にのぼりました。政府広報オンラインによれば、これは前回(令和2年度)調査から8.4ポイントの増加です。
同調査では、カスハラに該当すると判断された事案の内容として「継続的な、執拗な言動」が72.1%と最も高いことが報告されています。実際に企業が受けたカスハラに類する行為としては、長時間の電話、頻繁な来店とそのたびのクレーム、大声でのどう喝や罵声、当初の話からのすり替えや揚げ足取り、「物を壊す」「殺す」といった発言による脅し、インターネット上への労働者の氏名の公開なども報告されています。
こうした実態を踏まえて今回の法改正が行われました。カスハラはどの会社にも起こり得る身近な問題であることが、数字からも見て取れます。
3.企業に義務づけられる措置——厚労省が示す5つの柱と10の項目
改正法の指針では、事業主が必ず講じるべき措置として、大きく5つの「柱」に整理し、具体的に10の項目を示しています。
「対処の内容」の例としては、「管理監督者に対応の指示を仰ぐ」、「可能な限り労働者を一人で対応させない」、「犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する」、「本社・本部等へ情報共有し指示を仰ぐ」などがあります。
⑧特に悪質と考えられるカスハラへの対処の方針をあらかじめ定め、労働者に周知し、体制を整備することが求められます。この「悪質なカスハラへの対処方針の事前策定」は、他のハラスメント対策にはないカスハラ特有の措置です。
また、自社の労働者が取引先の労働者にカスハラを行った場合、相手方事業主からの事実確認等の協力要請に応じるよう努める義務も定められています。カスハラ対策は「被害を受ける側」だけでなく、「加害者を出さない」という観点も必要です。
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4.小さな会社が今から取りかかる4つのステップ
10項目と聞くと、やや身構えてしまうかもしれません。しかし、小さな会社でも、次の4つのステップで基本的な体制を整えることができます。
【ステップ1】会社としての基本方針を決める
最初に取り組むべきは、「カスハラには毅然と対応し、従業員を守る」という会社の姿勢を明文化することです。A4用紙1枚の「カスタマーハラスメントに関する基本方針」で構いません。
大切なのは、経営者自身が「従業員を守る」と明言し、それを社内全員に伝えることです。方針には、「当社はカスハラに対して毅然とした態度で対応し、従業員の安全と就業環境を守ります」という宣言に加え、カスハラに該当する言動の例と、社内の対応フローの概要を盛り込むとよいでしょう。
【ステップ2】相談窓口を決める
すでにパワハラ・セクハラの相談窓口がある会社は、カスハラにも対応できるよう拡充するのが現実的です。現状、相談窓口がない場合は、「困ったときは○○さんに相談」と担当者を決めて全員に周知するだけでも、対策の第一歩になります。担当者が相談を受けたらまず何をするか、事実確認はどう行うかといった基本的な流れも、あらかじめ決めておきましょう。
【ステップ3】現場の対応ルールをマニュアル化
カスハラが発生したとき、現場の従業員が迷わず動けるようにすることが肝心です。
最低限押さえたいのは、次の4点です。
① 対応は必ず複数人で行うこと。
② やり取りの記録を残すこと。
③ 判断に迷ったら上長に報告して指示を仰ぐこと。
④ 犯罪に該当し得る言動は警察に通報すること。
簡潔なフローにまとめ、すぐ確認できる場所に掲示しましょう。
ここで絶対に避けたいのが、「お客様なんだから我慢しろ」と従業員に対応を押しつける対応です。これは措置義務の趣旨に反するだけでなく、従業員のメンタルヘルスを損ないかねない対応であり、結果的な離職にもつながりかねません。
その一方で、正当なクレームまで「カスハラだ」と一律に決めつけてしまうのも問題です。消費者の権利を不当に侵害しないよう、バランスの取れた判断が求められます。
また、事実関係を「迅速かつ正確に確認する」ことは措置義務の一つですが、記録がなければ確認のしようがありません。日時、相手方、言動の内容、対応した従業員名、対応内容を簡潔に記録するフォーマットを準備しておくと、いざというときに役立ちます。顧客対応力を高める研修や、苦情があった場合の初期対応マニュアルの整備も、カスハラの予防には有効です。
【ステップ4】従業員に周知・研修する
方針・窓口・ルールを整えても、伝わらなければ意味がありません。全体ミーティングや朝礼で「会社としてこう決めた」「一人で抱え込まないでほしい」と伝えるだけでも、従業員の安心感は大きく変わります。
改正法の指針は、事業主の責務として、カスハラ問題に対する労働者の関心と理解を深めることを求めています。「自社の従業員による他社に対するカスハラ行為」を防ぐという視点も含めた周知が望ましいとされています。
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5.まとめ——完璧でなくていい、まずはじめの一歩を踏み出そう
2026年10月1日から義務化されたカスハラ対策では、事業主に求められる措置は10項目にわたります。ただ、「方針の明確化」「相談窓口の設置」「対応ルールのマニュアル化」「従業員への周知」の4つを軸に準備を進めれば、小さな会社でも基本的な体制は整えられます。
なお、対策を整備する際には、消費者の権利を不当に侵害しないことにも留意が必要です。障害のある方が差別的取り扱いの是正や社会的障壁の除去を求めること自体はカスハラに当たらず、「障害者差別解消法」における合理的配慮の提供義務も引き続き果たす必要があります。
大切なのは、完璧な仕組みを一度につくることではありません。経営者自身が「従業員を守る」と明確に示し、できるところから一歩を踏み出すことです。自社だけでの対応に不安がある場合は、社会保険労務士等の専門家に相談することも選択肢の一つです。
安部 香織
たいさんぼく社会保険労務士・行政書士事務所代表
社会保険労務士・行政書士
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