2026年度の最低賃金はどのように決まるのか
中央最低賃金審議会の「目安」は、各都道府県の最低賃金額を直接決定するものではありません。各地方最低賃金審議会が、地域の賃金実態、労働者の生計費、企業の賃金支払能力などを踏まえ審議・答申を行い、その後、都道府県労働局長が金額と発効日を決定します。
そのため、予算や採用条件を検討する段階では、中央の目安や地方審議会の答申額を用いて試算し、給与計算へ反映するときは、各労働局が公示した正式な金額と発効日を確認するという二段階の対応が必要です。複数の都道府県に店舗、営業所、工場などを置く会社は、本社所在地だけでなく、それぞれの事業場に適用される最低賃金を確認しなければなりません。
また、最低賃金は原則として発効日以後の労働に適用されます。給与の締め日や支給日ではなく、「いつ働いたか」が基準です。給与計算期間の途中で発効日を迎える場合、新旧の単価を分けて計算できるよう準備しておく必要があります。
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「最低賃金の人だけ上げればよい」では済まない
地域別最低賃金は、正社員、契約社員、パート、アルバイト、嘱託、臨時社員など、名称や雇用形態を問わず、原則としてすべての労働者に適用されます。当然ですが、「学生アルバイトだから」「試用期間中だから」「高齢者だから」という理由で最低賃金を下回る賃金を設定することは許されません。減額特例を適用するには、所定の要件を満たしたうえで、都道府県労働局長の許可を受ける必要があります。
仮に労使が合意し、最低賃金未満の金額を労働契約書に記載しても、その部分は無効となり、最低賃金額で契約したものとみなされます。会社には不足額の支払義務が生じるため、発効日前に全従業員を対象とした点検を行うことが欠かせません。
とりわけ見落とされやすいのが、月給制の正社員です。最低賃金は時間額で示されますが、月給者も対象外ではありません。月給を時間額へ換算し、その事業場に適用される最低賃金以上かを確認します。
月給者は「総支給額」ではなく、算入できる賃金で確認
月給制の場合の基本的な計算式は、次のとおりです。
月給制の最低賃金チェック
最低賃金の対象となる月給額 ÷ 1か月平均所定労働時間 ≧ 地域別最低賃金額
※賞与、臨時に支払う賃金、時間外・休日・深夜の割増賃金、精皆勤手当、通勤手当、家族手当などは、原則として比較対象から除外します。
例えば、東京都内の事業場に勤務する社員について、基本給20万円、通常の労働の対価として支払う職務手当2万円、通勤手当1万円、固定残業代3万円、1か月平均所定労働時間173時間とします。最低賃金の比較に用いる賃金が基本給と職務手当の合計22万円であれば、時間換算額は「22万円÷173時間=約1,271.676円」です。
総支給額は26万円ですが、通勤手当と固定残業代を最低賃金との比較に算入することはできません。東京都の最低賃金が答申どおり1,280円となれば、この例では最低賃金を下回ることになります。固定残業代を含めれば問題がないように見える従業員ほど、注意が必要です。
疑義応答集から分かる、実務で見落としやすいポイント
厚生労働省労働基準局賃金課の「最低賃金に関する疑義応答集(令和4年3月版)」には、一般的なリーフレットだけでは判断しにくい実務上の論点が整理されています。最低賃金改定時には、次の点まで確認しておくと安心です。
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テレワークは自宅所在地の最低賃金とは限らない
疑義応答集では、大阪にしか事業場を持たない企業が、鹿児島在住者を採用し、鹿児島の自宅でテレワーク勤務をさせる事例が示されています。鹿児島の自宅に一つの事業としての独立性がなく、事業場と認められないのであれば、大阪府の最低賃金が適用されるという整理です。
つまり、テレワーク勤務者については、単にパソコンを操作している場所や住民票上の住所を見るのではなく、所属する事業場を確認します。労働条件通知書上の所属先、組織図上の部署、業務指示・勤怠管理・人事評価を行う拠点などを整理し、「勤務場所」と「所属事業場」を区別しておくことが重要です。全国から完全テレワーク社員を採用する会社では、労働条件通知書やテレワーク規程への明記も検討しましょう。
発効日をまたぐ夜勤は、午前0時から新しい最低賃金
24時間営業の小売業、飲食業、宿泊業、介護・医療、警備業、運送業などでは、最低賃金の発効日前日から翌日にかけて勤務することがあります。疑義応答集では、9月30日午後9時から10月1日午前5時まで働くケースについて、10月1日午前0時から改定後の最低賃金を適用すると整理されています。
労働時間の取扱いでは、日をまたぐ継続勤務を前日の労働の延長として扱う場面がありますが、最低賃金の効力は発効日の午前0時から生じます。給与の締め日や、会社が夜勤を何日付の勤務として処理しているかとは別の問題です。夜勤のある会社は、給与計算システムが午前0時で単価を切り替えられるかを事前に確認しましょう。午後10時から午前5時までの労働については、これとは別に深夜割増賃金の計算も必要です。
換算額や平均所定労働時間は、途中で丸めない
疑義応答集では、時間額への換算結果について、50銭未満を切り捨て、50銭以上を1円に切り上げるといった端数処理をせず、そのまま最低賃金額と比較するよう示されています。また、1か月平均所定労働時間が「171.3333……時間」となる場合も、171時間や172時間へ丸めず、算定された時間数を用いて計算します。
最低賃金との差が数円しかない従業員については、途中の端数処理によって適法・違法の判断が変わる可能性があります。確認用の表計算シートや給与計算ソフトでは、比較が完了するまで十分な小数桁を保持しておくことが安全です。
最低賃金引上げは、社内の賃金バランスにも波及する
最低賃金を下回る従業員だけを抽出し、その人たちの賃金だけを引き上げれば、最低限の法令対応は可能です。しかし、その方法では新人とベテランの賃金差が縮小する「賃金の圧縮」が生じます。
例えば、新人の時給が1,230円、勤続5年の従業員が1,280円、リーダーが1,330円の職場で、新しい最低賃金が1,280円になったとします。新人だけを1,280円へ引き上げると、勤続5年の従業員と同額になり、リーダーとの差も50円しかありません。後輩指導、クレーム対応、在庫管理、売上管理などを担う従業員から見れば、経験や責任が賃金に反映されていないと感じる可能性があります。
そこで、最低賃金該当者だけでなく、最低賃金より100円から200円程度高い層まで賃金分布を確認します。基本給、職務手当、技能手当、資格手当、役職手当が、職務、能力、経験、資格、責任の違いを適切に反映しているかを点検し、必要に応じて賃金表全体を見直します。
単純に全員へ同じ金額を上乗せするだけでは、「なぜその賃金なのか」が曖昧なままです。「何ができるようになれば、次の賃金に上がるのか」を明確にすることが、従業員の成長意欲と定着につながります。
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時給差額ではなく、社会保険料を含む「総人件費」で考える
最低賃金の引上げによる会社負担は、時給の上昇額だけではありません。例えば、時給を55円引き上げる従業員が20人おり、1人当たり1日6時間、月15日勤務する場合、所定内賃金の増加額は次のとおりです。
人件費増加の簡易試算
20人×6時間×月15日× 5円=月9万9,000円
年間では118万8,000円。さらに、有給休暇取得日の賃金、時間外・休日・深夜の割増賃金、社会保険料・労働保険料の会社負担、周辺層の賃金調整などが加わる可能性があります。
事業主は、①最低賃金を下回る人だけを引き上げる「法令対応ケース」、②ベテランやリーダー層との賃金差も調整する「社内均衡ケース」、③採用競争力を意識して最低賃金へ一定額を上乗せする「人材確保ケース」の3つ程度を試算すると、経営判断をしやすくなります。
年間人件費が150万円増え、粗利益率が30%である場合、その増加分を追加の粗利益で吸収するために必要な売上増は、単純計算で500万円です。最低賃金改定を給与担当者だけの作業にせず、売上、価格、粗利益、生産性まで含む経営課題として捉える必要があります。
週20時間勤務と「130万円の壁」を同時に確認
2026年度の最低賃金改定では、短時間労働者の働き方と健康保険の被扶養者認定にも注意が必要です。雇用保険は、原則として1週間の所定労働時間が20時間以上で、31日以上の雇用見込みがある場合に加入が必要です。パートやアルバイトという名称や、本人の希望の有無だけで加入を外すことはできません。
一方、健康保険の一般的な被扶養者認定では、年間収入130万円未満が一つの基準です。時給1,250円で週20時間、年間52週働くと、「1,250円×20時間×52週=130万円」となります。したがって、最低賃金が1,250円を超える地域では、最低賃金で週20時間の通年勤務を契約した時点で、基本給だけでも130万円未満に収めることができません。
東京都の答申額1,280円では、年133万1,200円、神奈川県の1,279円では年133万160円となります。雇用保険への加入そのものが健康保険の被扶養者資格を否定するわけではありませんが、東京・神奈川で最低賃金、週20時間、年間52週の勤務を予定する場合には、結果として「雇用保険に加入しながら、年間収入130万円未満の被扶養者であり続ける」ことが両立しません。
この点は、短時間労働者への健康保険・厚生年金保険の適用拡大の対象となる企業だけの問題ではありません。厚生年金保険の被保険者数が51人以上の企業等では、週20時間以上などの要件を満たせば勤務先の健康保険・厚生年金保険へ加入する可能性があります。一方、企業規模要件の対象外で、4分の3基準などにも該当しない場合には、勤務先の社会保険へ加入しないまま被扶養者資格を外れ、原則として国民健康保険・国民年金への加入が必要となることがあります。
2026年4月からは、労働条件通知書などに記載された時給、所定労働時間、諸手当等から見込まれる年間収入が130万円未満かどうかを確認する取扱いが導入されています。最低賃金改定に伴う恒常的な時給変更は、繁忙期の一時的な残業による収入増とは性質が異なります。「年末の実績を見てから考える」のではなく、契約変更の時点で年間収入を再計算し、本人へ説明することが重要です。
短時間労働者を確認するときのポイント
週所定労働時間が18~22時間程度の従業員を抽出し、新最低賃金、所定労働時間、諸手当、賞与を基に見込み年収を試算します。
現在の被扶養者資格、勤務先の社会保険加入対象となるか、扶養を外れた場合の保険料負担、本人が希望する働き方を確認します。
※ここでは一般的な年収130万円基準を前提としています。年齢・障害の有無・続柄等により異なる基準が適用される場合があります。
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最低賃金アップを、人材確保と生産性向上の機会に変える
最低賃金は法律上の下限であり、採用市場における適正な募集賃金を保証するものではありません。最低賃金と同額の求人を出して法令を守っていても、近隣の同業他社がそれより100円高い時給を提示していれば、応募者から選ばれにくくなります。
地域・職種・勤務時間帯が近い求人を調べ、自社の賃金が市場のどこに位置するかを確認しましょう。そのうえで、入社時、独り立ち後、後輩指導担当、リーダーなど、役割に応じた賃金の段階を示せば、応募者と既存従業員の双方に将来像を伝えやすくなります。
賃金以外の待遇も重要です。勤務日や勤務時間の選びやすさ、休暇の取りやすさ、教育機会、評価面談、正社員登用制度、育児・介護との両立支援などは、中小企業でも工夫しやすい分野です。「いくら払うか」と「どのように働けるか」を一体で見直すことが、人材の採用と定着につながります。
同時に、賃上げ分をすべて利益の減少で吸収し続けることは困難です。商品・サービスごとの採算を確認し、価格転嫁、仕様の見直し、最低受注額の設定、採算の低い取引の見直しを検討します。紙とシステムへの二重入力、手作業の予約管理、過剰な在庫確認、担当者ごとに異なる作業手順などを洗い出し、IT化、省力化設備、業務標準化、多能工化によって、1人1時間当たりの付加価値を高めることも必要です。
単に人員や労働時間を削減すると、従業員の手取り減少、サービス低下、離職、さらなる採用難につながるおそれがあります。目指すべきは、「人件費を減らす会社」ではなく、「上昇した人件費を価格と生産性で吸収できる会社」です。
採用市場や事業所数への影響が大きい主要都府県では、2026年度の金額がほぼ出そろっています。記事執筆時点の答申・改正決定に基づく主な金額と発効予定日は、次のとおりです。
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助成金は、賃上げや設備導入を行う前に確認
事業場内最低賃金を引き上げ、生産性向上に資する設備投資等を行う中小企業は、業務改善助成金を利用できる可能性があります。2026年度は、一定の要件を満たす設備投資等について、最大600万円が助成され、事業場内最低賃金を50円以上引き上げることなどが要件となります。申請期間は9月1日から、原則として地域別最低賃金の発効日の前日、または11月30日のいずれか早い日までです。
重要なのは、申請前の賃上げや、交付決定前の設備投資は原則として対象にならないことです。設備の選定、見積り、賃上げ計画を早めに準備し、実施の順序を誤らないようにしましょう。
また、有期雇用労働者等の基本給に関する賃金規定を3%以上増額改定する場合は、キャリアアップ助成金の「賃金規定等改定コース」を利用できる可能性があります。中小企業の助成額は、賃上げ率に応じて対象者1人当たり4万円から7万円です。助成金は「もらえるから使う」のではなく、自社の賃金制度や業務改善の課題に合うかを検討し、実施前に最新の要件を確認することが大切です。
発効日までに進めたい七つの実務対応
● 本社だけでなく、すべての店舗・営業所・工場について、適用される最低賃金額と発効日を確認する。
● 時給者だけでなく、日給者・月給者を含む全従業員について、最低賃金の対象となる賃金を時間額へ換算する。
● 固定残業代や除外される手当を算入していないか、換算額や平均所定労働時間を途中で丸めていないかを確認する。
● テレワーク勤務者の所属事業場と、発効日をまたぐ夜勤の午前0時以後の単価を確認する。
● 最低賃金より上の層まで賃金分布を確認し、新人・ベテラン・リーダー間の賃金差を見直す。
● 週20時間前後の短時間労働者について、見込み年収、雇用保険、健康保険の被扶養者資格、勤務先の社会保険加入可否を確認する。
● 賃上げ後の総人件費を試算し、求人票、労働条件通知書、賃金規程、給与計算ソフトを更新するとともに、助成金は取組前に確認する。
最低賃金改定を、経営改善の出発点に
最低賃金への対応は、法律上避けられない負担である一方、自社の賃金制度と収益構造を見直す機会でもあります。まず、事業場ごとの正式な最低賃金額と発効日を確認し、月給者を含む全従業員の時間換算額を点検します。そのうえで、周辺層を含む賃金バランス、総人件費、短時間労働者の社会保険上の扱い、採用市場の賃金水準を確認します。
最低賃金ぎりぎりに合わせるだけでは、翌年度の改定時に同じ問題が繰り返されます。「誰に・どの仕事の対価として・いくら支払うのか」を明確にし、その人件費を価格と生産性で支えられる仕組みをつくることが重要です。
最低賃金改定を単なるコスト増として受け止めるのではなく、賃金制度、採用、社会保険、価格設定、業務工程を一体的に見直し、人材の確保・定着と収益力の向上につなげていきましょう。
岡 佳伸
社会保険労務士法人 岡佳伸事務所
特定社会保険労務士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/キャリアコンサルタント
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