高齢親の財産管理について話し合う際、最大の壁となるのが親側の心理的反発です。どれだけ論理的な説明を重ねても、親がひとたび不安感や不信感を覚えてしまえば話し合いは中断してしまいます。本記事では、村上竜也さん(仮名)の事例とともに、家族信託のメリットとリスク、そして親の尊厳を守りながら円滑に財産管理の準備を進めるためのアプローチ法について、FP dream代表FPの藤原洋子氏が解説します。※個人の特定を避けるため、内容の一部を変更しています。相談者の名前はすべて仮名です。
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メリットだけではない…家族信託のリスク

ここまで家族信託を進めるメリットを中心に述べてきましたが、家族信託には「受ける側」のリスクがあることにも注意してください。受託者となる村上さんには、信託財産の分別管理や帳簿の作成・保管、収支の記録といった事務負担が継続的に発生します。契約の内容や説明の仕方によっては、ほかの相続人から「利益を独占しているのではないか」といった不信を招く可能性があるため、丁寧な対応を心がけることが重要です。 

 

さらに、見落とされがちなリスクとして挙げられるのが、受託者が対外的に背負う法的責任の重さです。家族信託を開始すると、アパートの所有者としての立場は受託者に移るため、外壁や瓦の落下などで第三者に損害を与えた場合の工作物責任、入居者との賃貸借契約に基づく修繕義務や、管理会社との契約の名義変更に伴う支払い義務といった貸主としての実務、固定資産税の納税は、いずれも受託者が自らの名で負うことになります。

 

大規模修繕や建て替えのために新たに借入をした場合も、返済の責任は原則として受託者におよび、信託財産だけで賄いきれなければ受託者個人の資産にまで請求がおよぶ可能性もあります。つまり受託者は、家賃収入という経済的利益は受け取らないまま、対外的な責任だけを一身に引き受ける立場になり得るのです。

 

加えて受託者は、受益者に対しても善良な管理者としての注意義務を負っており、これを怠って信託財産に損害を与えれば、身内である受益者や他の親族から損害賠償を求められる立場にもなります。また、家族信託はあくまで財産管理の仕組みであり、それ自体に相続税を軽減する効果はありません。

 

契約書の作成には専門家報酬や公正証書化の費用がかかるほか、信託専用の口座開設が必要になる場合もあります。さらに、契約時に想定していなかった事態、たとえば、受託者自身の病気や死亡、金融機関の対応方針の変更などへの備えが不十分だと、いざというときに制度が機能しないおそれも。

 

なにより、家族信託は本人に契約内容を理解し判断する能力があることが前提の制度であり、判断能力が失われてからでは契約を結ぶこと自体ができません。「まだ大丈夫」と先延ばしにしているうちに、その選択肢自体が失われるリスクを知っておきましょう。

 

こうしたリスクを踏まえると、家族信託は「とりあえず作っておけば安心」という制度ではないことがわかります。任意後見制度や生前贈与といった生前の選択肢、そして遺言による死後の承継とも役割を整理しながら、家族全員が納得できる形を専門家とともに時間をかけて検討することが望ましい対策です。

 

物忘れが目立ち始めた母親と、築50年超のアパートを前にした村上さん。残された時間の猶予は少ないですが、だからこそ急がず、正しい順序で、家族全員が安心できる準備を進めていくことが求められます。

 

 

藤原 洋子

FP dream

代表FP

 

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