高齢親の財産管理について話し合う際、最大の壁となるのが親側の心理的反発です。どれだけ論理的な説明を重ねても、親がひとたび不安感や不信感を覚えてしまえば話し合いは中断してしまいます。本記事では、村上竜也さん(仮名)の事例とともに、家族信託のメリットとリスク、そして親の尊厳を守りながら円滑に財産管理の準備を進めるためのアプローチ法について、FP dream代表FPの藤原洋子氏が解説します。※個人の特定を避けるため、内容の一部を変更しています。相談者の名前はすべて仮名です。
「私のお金を取らないで!」…年収800万円・親孝行な50歳長男が提案した〈名案〉に、一人暮らしの82歳母が激怒したワケ【FPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

ある日気づいた、母親の異変

首都圏の中堅企業に勤める村上竜也さん(仮名/50歳)の年収は800万円。パート勤務の妻(45歳)と、長女(16歳)、長男(13歳)と賃貸マンションで暮らしています。3年前に父親(享年75)が亡くなり、現在は82歳の母親が市内の実家で一人暮らしを続けていました。

 

1年ほど前の休日、いつものように、村上さんが妻と実家を訪れたときのこと。村上さんと妻は母親の変化に気づきます。同じ話を数分おきに繰り返す、先週決めたはずの予定を忘れている……。物忘れの症状が目立つようになっていたのです。

 

母親は築50年を超える木造賃貸アパートを1棟所有しています。父親が亡くなったあとも一人で管理を行い、家賃の入金確認や入居者とのやりとり、修繕業者への連絡といった日常の事務を問題なくこなしてこれていました。

 

しかしここ数ヵ月は、振込を二重に行ってしまったり、修繕業者との約束をうっかり忘れてしまったりと、少しずつ管理が滞るようになっていました。 

 

これまで健康が取り柄ともいえる母親でしたが、嫁いで隣県に住んでいる妹(47歳)も心配し、母親の身の回りの世話を自然と担うようになっていました。

 

「いまはまだ大丈夫。でも、この先ずっといまのままとは限らない」

 

そう考えた村上さんは、母親の判断能力が確かなうちに財産管理の体制を整えようと決意します。相続対策としてではなく、あくまで母親自身のこれからの生活と資産を守るための準備として浮かんだ選択肢が、家族信託でした。

アパートの名義変更を切り出した瞬間

家族信託を利用する場合、実務上は不動産の登記名義を受託者(本事例では村上さん)へ変更する手続きが必要です。村上さんは書籍やセミナーで自分なりに勉強し、母親への丁寧な説明を準備したうえで、母親に切り出しました。 

 

「アパートの名義を、いったん僕に移す手続きをしたいんだ。管理をしやすくするためで、家賃収入はいままでどおりお母さんのものだから」

 

その一言を聞いた瞬間、母の顔色が変わりました。

 

「私の財産を取り上げるつもりなの? そんな大事なこと、勝手に決めないで」

 

慌てて仕組みを説明しようとした村上さんでしたが、母親の耳にはもう入りません。その日を境に、母親はこの話題そのものを避けるように。村上さんが再び話を持ち出そうとしても、「その話はもういい」とやんわり拒まれる状態がいまも続いています。

 

村上さんは「もっと早く、もっと違う伝え方をしていれば……」と悔やんでいるといいます。