高齢親の財産管理について話し合う際、最大の壁となるのが親側の心理的反発です。どれだけ論理的な説明を重ねても、親がひとたび不安感や不信感を覚えてしまえば話し合いは中断してしまいます。本記事では、村上竜也さん(仮名)の事例とともに、家族信託のメリットとリスク、そして親の尊厳を守りながら円滑に財産管理の準備を進めるためのアプローチ法について、FP dream代表FPの藤原洋子氏が解説します。※個人の特定を避けるため、内容の一部を変更しています。相談者の名前はすべて仮名です。
「私のお金を取らないで!」…年収800万円・親孝行な50歳長男が提案した〈名案〉に、一人暮らしの82歳母が激怒したワケ【FPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

「財産を取られる」…完全に止まった話し合い

家族信託の仕組みにおいて、名義変更は「財産の贈与」や「経済的な喪失」を意味するわけではありません。

 

家族信託は、財産の所有者(委託者)が、信頼できる家族(受託者)に財産の管理・処分を託す契約です。不動産であれば、登記簿上の名義は受託者に移りますが、そこから生じる家賃収入などの経済的利益を受け取る権利(受益権)は、契約設計によって委託者本人に残すことができます。つまり、形式的に名義が動いても、実質的な財産的価値までは移転しないのです。

 

しかし、この構造は口頭で説明されても理解しにくいでしょう。特に村上さんの母親のような高齢の親にとって「名義」という言葉は「所有権そのもの」と結びつきやすく、「名義を移す=財産を失う」という不安を強く呼び起こしてしまうのかもしれません。 

 

今回のケースでは、村上さんはよかれと思って「名義を移す」という仕組みから説明を始めてしまいました。準備した説明が、順序を誤ったことで、かえって母親の警戒心を強める結果に。感情的な反応が先に立つと、その後にどれだけ正確な説明を重ねても届きにくくなる傾向があります。これは家族信託に限らず、相続・財産管理をめぐる話し合い全般に共通する落とし穴だといえるでしょう。

家族信託を親に提案するときの「説明の順序」

振り返ると、最初に伝えるべきは「仕組み」ではなく「目的」だったと考えられます。「名義を移したい」ではなく「これから先も、お母さんの生活とこのアパートを守っていくために、いまのうちに準備をしておきたい」といった伝え方であれば、受け取られ方は違っていたかもしれません。 

 

有効なアプローチを整理してみましょう。

 

1.判断能力が低下した場合になにが起きるかを、結論を急がずに共有する

判断能力を欠く状態になると、不動産の売却や大規模修繕の契約、賃貸借契約の更新といった法律行為を本人単独で行うことが難しくなります。その場合、成年後見制度を利用せざるを得なくなりますが、家庭裁判所の監督下に置かれるため、財産の積極的な活用は難しくなりがちで、専門職が後見人に選任されれば継続的な報酬負担も生じます。 

 

2.余裕をもって対話を継続していく

一度で結論を求めず、複数回にわけて話し合う機会を設けるようにしましょう。

 

3.第三者の活用

可能であれば、早い段階から司法書士やFPといった専門家を交えて、話を進めるのも有効です。身内だけでは感情がぶつかりやすい話も、専門家が関わることで冷静に進めやすくなります。 

 

特に築50年を超える物件は、大規模修繕や建て替えの判断を先送りしにくい事情があるだけに、こちらの焦りが言葉の端々に表れやすいでしょう。焦りを抑え、高齢親のペースに合わせて対話を重ねることが、結果的には最短の道になると考えられます。