総務省『労働力調査(2025年平均)』によると、定年後にあたる「60〜64歳」の就業率は74.9%に達し、「65〜69歳」でも54.5%と半数以上が就業しています。定年後も働く人が珍しくない一方、退職を境に夫婦の役割やお金に対する意識が変わることがあります。ある夫婦の事例から、その実態をみていきます。
「誰の稼ぎで暮らしてきたんだ」定年後、1日中パジャマ姿でテレビを占拠する「退職金2,200万円」の定年夫…58歳妻が机に置いた「2冊の貯金通帳」の中身 ※写真はイメージです/PIXTA

定年夫「誰の稼ぎで暮らしてきたんだ」

ある日の夕食後。

 

美香さんが家計簿を見ながら、今後の支出について話をしていると、修一さんが苛立ったように言いました。

 

「そんなに金のことばかり言うなよ」

「だって、このままじゃ毎月赤字になるでしょう」

「俺の退職金があるだろう。そもそも、誰の稼ぎで今まで暮らしてきたんだ?」

 

美香さんは、しばらく黙っていました。言い返そうと思えば、いくらでも言えました。

 

家事をしてきた。

子どもを育ててきた。

パートにも出た。

 

でも、そのどれを言っても、夫は「俺の給与があったからだ」と言うでしょう。そこで美香さんは立ち上がりました。寝室のクローゼットから、2冊の通帳を取り出し、修一さんに見せつけました。

 

1冊目は、夫婦の生活費をやりくりして貯めてきた預金口座。残高は約4,000万円。ここには退職金も含まれています。

 

35年間働き、年収は1,000万円を超えていた時期も長い。住宅ローンを払い、子ども2人を大学まで出した。それでも、これだけの預金を残すことができました。修一さんは、その金額を見て少し安心したようでした。

 

2冊目は、美香さん名義の口座です。残高は約4,800万円。

 

「……これ、何?」

「私のお金」

 

修一さんは意味が分からないという顔をしました。美香さんは、結婚前に約500万円の貯金を持っていました。結婚後、夫の給与で生活が成り立っていたため、そのお金には手をつけませんでした。その代わり、資産運用を始めました。

 

投資信託と個別株を中心に、時間をかけて運用してきたのです。もちろん、途中で相場が大きく下がった時期もありました。それでも、生活費には使わず、積み立てや運用を続けました。現在の評価額は約4,800万円。

 

美香さんの資産のほうが、約800万円多いことになります。修一さんは、通帳を何度も見比べていました。

 

「……いつから、こんなに持ってたんだ?」

「ずっと持ってたよ。あなたが知らなかっただけ」

 

美香さんは、修一さんに感謝しています。夫が安定して収入を得てくれたからこそ、結婚前の500万円をすべて資産運用にまわすことができました。

 

「あなたが働いてくれたからこそ、これだけのお金がある。本当に感謝しています。だからって、『誰の稼ぎで暮らしてきたんだ』って言うのは、少し違うでしょう?」

 

修一さんは、それまで「家族のお金は、自分が稼いできたもの」という意識が強かったそうです。しかし、通帳を並べて初めて、自分の知らないところで妻も資産を築いていたことを知りました。

 

自分の発言、最近の行動を振り返り、「恥ずかしくて、恥ずかしくて……」と修一さん。その後、このまま仕事をせずにダラダラしていてもお金を使う一方だと、週3日程度の仕事を始めたとのことです。

 

金融経済教育推進機構『金融リテラシー調査2025年』によると、お金について「長期の計画を立て、達成するよう努力している」人の割合は51.1%。また、株式(36.2%)や投資信託(34.8%)の購入経験者も増加傾向にあり、美香さんのように長期計画のもとで行う資産運用は、老後資金確保において有効なスタイルです。

 

定年後の豊かな暮らしを支えるのは夫の退職金だけでなく、こうした妻の計画的な資産管理があってこそ。『誰の稼ぎか』を競うのではなく、互いの貢献に感謝し、対等なパートナーとして家計や役割を再構築することが、円満なリタイア生活を送る鍵といえそうです。