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定年夫「誰の稼ぎで暮らしてきたんだ」
ある日の夕食後。
美香さんが家計簿を見ながら、今後の支出について話をしていると、修一さんが苛立ったように言いました。
「そんなに金のことばかり言うなよ」
「だって、このままじゃ毎月赤字になるでしょう」
「俺の退職金があるだろう。そもそも、誰の稼ぎで今まで暮らしてきたんだ?」
美香さんは、しばらく黙っていました。言い返そうと思えば、いくらでも言えました。
家事をしてきた。
子どもを育ててきた。
パートにも出た。
でも、そのどれを言っても、夫は「俺の給与があったからだ」と言うでしょう。そこで美香さんは立ち上がりました。寝室のクローゼットから、2冊の通帳を取り出し、修一さんに見せつけました。
1冊目は、夫婦の生活費をやりくりして貯めてきた預金口座。残高は約4,000万円。ここには退職金も含まれています。
35年間働き、年収は1,000万円を超えていた時期も長い。住宅ローンを払い、子ども2人を大学まで出した。それでも、これだけの預金を残すことができました。修一さんは、その金額を見て少し安心したようでした。
2冊目は、美香さん名義の口座です。残高は約4,800万円。
「……これ、何?」
「私のお金」
修一さんは意味が分からないという顔をしました。美香さんは、結婚前に約500万円の貯金を持っていました。結婚後、夫の給与で生活が成り立っていたため、そのお金には手をつけませんでした。その代わり、資産運用を始めました。
投資信託と個別株を中心に、時間をかけて運用してきたのです。もちろん、途中で相場が大きく下がった時期もありました。それでも、生活費には使わず、積み立てや運用を続けました。現在の評価額は約4,800万円。
美香さんの資産のほうが、約800万円多いことになります。修一さんは、通帳を何度も見比べていました。
「……いつから、こんなに持ってたんだ?」
「ずっと持ってたよ。あなたが知らなかっただけ」
美香さんは、修一さんに感謝しています。夫が安定して収入を得てくれたからこそ、結婚前の500万円をすべて資産運用にまわすことができました。
「あなたが働いてくれたからこそ、これだけのお金がある。本当に感謝しています。だからって、『誰の稼ぎで暮らしてきたんだ』って言うのは、少し違うでしょう?」
修一さんは、それまで「家族のお金は、自分が稼いできたもの」という意識が強かったそうです。しかし、通帳を並べて初めて、自分の知らないところで妻も資産を築いていたことを知りました。
自分の発言、最近の行動を振り返り、「恥ずかしくて、恥ずかしくて……」と修一さん。その後、このまま仕事をせずにダラダラしていてもお金を使う一方だと、週3日程度の仕事を始めたとのことです。
金融経済教育推進機構『金融リテラシー調査2025年』によると、お金について「長期の計画を立て、達成するよう努力している」人の割合は51.1%。また、株式(36.2%)や投資信託(34.8%)の購入経験者も増加傾向にあり、美香さんのように長期計画のもとで行う資産運用は、老後資金確保において有効なスタイルです。
定年後の豊かな暮らしを支えるのは夫の退職金だけでなく、こうした妻の計画的な資産管理があってこそ。『誰の稼ぎか』を競うのではなく、互いの貢献に感謝し、対等なパートナーとして家計や役割を再構築することが、円満なリタイア生活を送る鍵といえそうです。