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「私は東京で地盤を固めたの」
「私は大学から家を出て、東京で20年以上暮らしてきたの。仕事も生活も人間関係も、全部こっちで地盤を固めたのよ。今さら実家に戻るわけないでしょ」
言葉は驚くほどすんなり出てきました。
「弟には何でもしてあげて、結婚して新しい家まで建てて出ていったら、今度は『やっぱり女の子は頼りになる』。それは都合がよすぎない?」
母親はショックを受けたようでした。
「そんな言い方しなくてもいいじゃない」と小さく返しましたが、ナオコさんは引きませんでした。
「相談には乗るよ。でも、私が仕事を辞めてこっちに戻って、全部世話をするつもりはないから。弟とも話して、必要なら介護サービスや施設のことも考えて」
言い終えると、不思議なくらいすっきりしたそうです。
「母を言い負かして気持ちよかった、ということではないんです。ずっと言えなかったことを、やっと口にできたという感じでした」
弟が得をしてきたことそのものを責めたいわけではありません。
ナオコさんが引っかかっていたのは、自分には我慢を求めてきた過去をそのままにして、今度は「娘だから」と老後の役割まで当然のように求められたことでした。
月15万円の年金で暮らす母
ナオコさんの母親は現在、自身の老齢年金と遺族厚生年金などを合わせて月15万円ほどで暮らしています。
2026年度の老齢基礎年金の満額は月7万608円です。65歳以上では、老齢基礎年金と遺族厚生年金をあわせて受給できる場合があります。遺族厚生年金は、原則として亡くなった人の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3を基礎に計算されます。
そのため、専業主婦や短時間のパートを中心に働いてきた女性が、会社員だった夫を亡くしたあと、老齢基礎年金と遺族厚生年金を受給するケースもあります。本人にも老齢厚生年金の受給権がある場合は、遺族厚生年金との間で支給調整が行われます。
母親は持ち家で暮らしていますが、今後、医療や介護、自宅の修繕などにまとまったお金が必要になる可能性はあります。
「いざとなれば娘に頼ればいい」で済ませず、年金や預貯金でどこまで賄えるのか、介護保険サービスをどう利用するのか。元気なうちに考えておきたいところです。
介護の担い手はいまも女性が約7割
ナオコさんの「なぜ最後は娘なのか」という疑問は、この家族だけの話とも言い切れません。
内閣府の『令和6年版高齢社会白書』によると、要介護者等と同居する主な介護者のうち、女性は68.9%、男性は31.1%。介護を担う人はいまも女性に偏っています。
さらに総務省の「就業構造基本調査」では、家族の介護や看護を理由に仕事を辞めた人は1年間で約10.6万人。そのうち女性は約8万人で、75.3%を占めています。
「息子には妻も仕事もあるから頼みにくい。でも娘なら頼める」
親に悪気はなくても、娘にも仕事があり、暮らしがあり、これまで築いてきた人間関係があります。「娘だから」というだけで、そこを動かせるわけではありません。
「長男だから優遇」「娘だから介護」では続かない
「息子は家を継ぐもの」「娘は親の世話をするもの」。そんな考え方が当たり前だった時代もありました。
しかし、進学や就職を機に地元を離れ、その土地で何十年も暮らす人は珍しくありません。結婚したから息子が親をみるとも、娘だから実家へ戻れるとも限らないでしょう。
介護が必要になってから慌てて誰か一人に頼るのではなく、親の年金や資産、住まい、使えるサービスを確認し、きょうだいの誰が何をできるのかを早めに話しておく。そして家族内ですべてを解決しようとしないで外部に頼る。
少なくとも、「長男だから」「娘だから」だけで役割を決めるのは、現実に合わなくなっています。