総務省『家計調査 家計収支編(2025年)』によると、65歳以上単身女性の平均消費支出は月約15.3万円と、年金だけでは生活維持が厳しい現状があります。高収入でありながら親への支援や情に縛られ、自立の機会を逃す子どもも少なくありません。そんな社会課題に直面している親子の事例を通して、その実態をみていきます。
「このままじゃ、母を憎んでしまう」…〈年収1,500万円〉一流大卒の40歳男性、〈年金月10万円〉78歳母を残し実家を初めて出たワケ ※写真はイメージです/PIXTA

十分な貯蓄はあるが、使うわけにはいかない

家に戻ってからも、健一さんは納得できませんでした。

 

「使ってはいけないお金って何?」

 

そう尋ねると、洋子さんは「生きていくための保険だ」といいます。そして「私が先に逝けば、このお金は健一のものなんだからいいじゃない」と続けます。

 

「でも、お金がないというから、俺はずっとお母さんのそばにいたんだよ」

 

そう健一さんが訴えても、洋子さんはこれ以上、話を続けようとはしませんでした。数日後、健一さんは「俺、家を出ようと思う。一人暮らしをしてみたいんだ」と打ち明けます。今さら一人暮らしへの憧れを叶えようとしている40歳なんて――笑い話かもしれません。それでも、年齢なんて関係ないと言い聞かせて決断したことでした。

 

健一さんの言葉に対して、洋子さんの反応は早いものでした。

 

「何言ってるの。私を一人にするの?」

「あなたがいないと、私が困るでしょう。どうやって生活していくの?」

 

「3,000万円も貯金があるでしょ」というと、「私のお金、あてにしないで」と洋子さん。以前であれば、母親の言葉に納得していたかもしれませんが、今は理不尽さしか感じません。

 

「もう決めたことだから」と、健一さんは家を出ます。選んだのは、実家から電車で30分ほどの賃貸マンションです。家賃は月13万円。生活費はすべて合わせて20万円強。月5万円の母親へのお小遣いは続けていますが、生活費は1円も出していません。

 

母親はいまだに納得していません。話をする度に、「冷たい息子になったね」と言われるといいます。それでも「今、ここで家を出ないと、一生、母親を憎んでしまうかもしれない。ずっと嘘をつかれていたわけですから。家族だから、それだけは嫌だった」と健一さん。

 


国立社会保障・人口問題研究所『2022年社会保障人口問題基本調査 生活と支え合いに関する調査』によると、未婚者で生活費を「自分」が担う割合は62.9%にとどまり、父親が37.3%、母親が25.9%と親に頼る実態もあります。

 

しかし、「最初の別居(離家)時」には生活費の担い手を「自分」とする割合が15歳時の7.1%から60.2%へと急増します。親との別居は、自身が生活費を担う「経済的自立の契機」となることがデータでも示されています。健一さんの決断は、まさにこの契機を掴み、親子がそれぞれの生活と経済を主体的に考えるための1つの区切りといえます。