「子どものため」と信じて突き進む中学受験。しかし過熱する課金競争や期待の重圧は、時に家計と親子の心を想像以上に追い詰めることも。ある母子の事例から、中学受験に臨む際の大切な視点を考えます。
「ごめんね、お母さんが悪かった…」〈世帯年収1,280万円の45歳母〉、小6長男の「有名私立中学の受験」を撤退した「夏休みの出来事」 ※写真はイメージです/PIXTA

祖父の言葉と夏休みの決断

事態が動いたのは、8月のお盆休みでした。長男の体調不良を見かねた美咲さんは、数日間だけ長男を連れて地方にある実家へ帰省しました。痩せこけ、目の下にクマを作った孫の姿を見た父は、言葉を失います。そして夕食後、美咲さんを別室に呼び出しました。

 

「蓮、頑張りすぎなんじゃないか? 絶対に受験はしなきゃいけないのか?」

 

父の問いかけに、美咲さんはこう返します。

 

「東京じゃ、中学受験するのが当たり前なの。落ちこぼれにさせるわけにはいかないのよ」

 

その時、廊下の影で話を聞いていた長男が静かに部屋に入ってきました。正座をし、ぽろぽろと涙をこぼしながら訴えます。

 

「お母さん、ごめんなさい。僕、バカでごめんなさい。でも、もう塾に行きたくない。受験なんてしたくない……」

 

その瞬間、美咲さんはハッと息を飲みました。子どものためといいながら、意識していたのは自身の世間体やプライドだったのではないか――。

 

美咲さんは長男を抱きしめ、「ごめんね、お母さんが悪かった…」と泣き崩れました。そんな様子を見て父は、「XX君(美咲さんの夫)も美咲も、中学受験なんてしなかっただろう。でもちゃんと立派に大学に入って、立派に社会人をやっている。蓮くんだって大丈夫、2人の子なんだから」と優しく声をかけてくれたといいます。

 

東京に戻った美咲さんは夫とも話し合い、大手塾の退会手続きを行いました。夏期講習のキャンセル料は戻りませんでしたが、長男の表情は劇的に明るくなったとのこと。「小学生の間じゃないとできないことがあるから」と、残りの夏休みを存分に楽しんだそうです。

 

東京都教育委員会『令和7年度公立学校統計調査結果(小・中・義務教育学校卒業者の進路状況)』によると、都内小学校卒業者98,264人のうち、私立中学校等への進学者は19,572人で、全体の19.9%を占めています。約5人に1人が私立へ進学している計算になり、中学受験への関心の高さがうかがえますす(関連記事:『【ランキング】東京23区「私立中学進学率」…〈令和7年度 公立学校統計調査報告書〉』

 

一方で、公立中学校等への進学者は75,428人で、全体の76.8%と依然として圧倒的多数派です。都内であっても中学受験が「当たり前」というわけではなく、過半数は地元の公立へ進学しています。周囲の焦りに流されず、子どもの適性を見極める冷静な視点が大切です。