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親孝行のせいでつらい思いをしている
帰りの飛行機で、由紀さんは窓の外ばかり見ていました。子どもたちは疲れて眠っています。健太さんが「疲れたね」と話しかけても、「そうだね」と短く返すだけでした。
帰宅後、スーツケースを片付け、子どもたちを寝かしつけると、ようやく家の中が静かになります。健太さんは何気なく言いました。
「今年も母さん、喜んでたな。また来年も帰ろう」
その一言で、由紀さんの表情が変わりました。
「……本気で言ってるの? 今回だけでいくら使ったか分かってる?」
「多少は仕方ないだろ」という健太さんの言葉に、由紀さんの反論は止まりません。
「『多少』じゃないよ。全部で30万円を超えている」
「お金だけの話じゃない。毎回、お義母さんの顔色ばかり見て、子どもが騒げば謝って、ご飯の味を比べられて、家事も手伝って……。あなたは『母さんに悪気はない』で終わり」
「何回も『今年は日数を短くしよう』『時期をずらそう』って言っても、あなたは一度も私の話を聞かない」
「だって、お母さんの言う通りにしただけなんだよ。『孫の顔を見せるのが親孝行だ』って言われて、それに応えようとしただけじゃないか」と健太さんが返すと、由紀さんは思わず声を荒らげました。
「またお義母さん?」
「大切なのは誰? お義母さん? それとも私や子どもたち?」
健太さんも感情的になります。
「親を大事にして何が悪いんだ!」
「誰も悪いなんて言ってない。でも、あなたの親孝行のせいで、つらい思いをしている人がいるの!」
由紀さんの目には涙が浮かんでいました。
「もう、こんなことが毎年続くなら……私、離婚したい」
その一言で、健太さんは言葉を失います。数秒の沈黙が流れました。由紀さんは涙をぬぐいながら、「ごめん、離婚なんて言いすぎた。ただあなたの実家に帰るのが、本当につらいの」と小さな声で言いました。
妻の本音にハッとさせられた健太さんは、自らの無神経さを深く反省し頭を下げたといいます。そして夫婦で話し合い、帰省は年1回のオフシーズンに変更し、滞在日数も短縮することに決めたのです。母親には健太さん自身が連絡し、「今の自分たちの生活を優先したい。家計的にも帰るタイミングを考えたい」と率直に伝えたといいます。
こうした帰省を巡る夫婦の葛藤の背景には、親孝行や親族付き合いに対する価値観の大きな変化があります。国立社会保障・人口問題研究所『第7回全国家庭動向調査』によると、「年をとった親は子ども夫婦と一緒に暮らすべきだ」という伝統的な考え方への賛成割合は、2008年の50.8%から2022年には26.5%へとほぼ半減しています。また、「親や親族とのつきあい」に関する意思決定について、30代の有配偶女性では58.6%が「夫婦ふたりで一緒に」決定していると回答しています。
実家の意向を最優先するのではなく、自分たちの実際の家計や生活を重視し、夫婦で対等に話し合いながら親族との距離感を調整していくことが、現代の円満な家族関係を築く上での鍵といえそうです。