金融庁が公表する「金融サービス利用者相談室」の相談状況では、投資商品や資産運用に関する相談が継続的に寄せられています。新NISAの開始を機に、退職金を運用へ回す人も増えましたが、「増えた成功体験」がかえって判断を誤らせるケースもあります。ある男性の事例から、その実態をみていきます。
「私、言ったんですよ。投資なんてやめておけと」退職金2,400万円・63歳元教師の男性、友人の忠告を聞かずに「投資デビュー」をした衝撃末路 (※写真はイメージです/PIXTA)

銀行が勧めてくれるものは「安心」に決まっている

「投資なんて怖いものだと思っていました」

 

そう振り返るのは、元公立中学校教師の高橋 恒一さん(63歳・仮名)。教壇に立ち続けた40年。教え子や保護者だけでなく、さまざまなところで「先生」と呼ばれる人生でした。自分でも堅実に歩んできた、という自負があります。

 

ギャンブルはしません。住宅ローンも繰り上げ返済しました。退職時に受け取った退職金は約2,400万円。そのうち1,000万円は定期預金へ、残りの使い道は決めていませんでした。将来の安心のために使うことなく、そのまま子どもたちに遺すのもいいだろう――と考えていました。

 

そんなある日、退職金を受け取った銀行から電話がかかってきます。

 

「退職金を受け取られた方向けの運用プランがあります。いま新NISAも始まっていますので、一度お話だけでもいかがでしょうか」

 

窓口で応対した担当者は、世界中の株式や債券へ分散投資する投資信託を丁寧に説明しました。

 

「長期で積み立てることが大切です。もちろん価格は上下しますので、元本保証ではありません」

 

高橋さんは商品の仕組みを理解したわけではありません。しかし、「銀行が勧める商品なら安心だろう」と考えました。一応、学生時代からの友人である中田さんに相談すると、「投資の基本も知らない人間は、手を出さないほうがいい」と言われたそうです。しかし高橋さんは笑って受け流しました。

 

「銀行が勧めるんだから、そんなに心配することじゃないよ」

 

金融庁『金融サービス利用者相談室における相談等の受付状況』では、投資商品等に関する相談は四半期だけで5,325件に上っています。内容は価格変動だけでなく、勧誘や契約、無登録業者とのトラブルなど多岐にわたります。

初めてお金が増えた…感動した

新NISAを利用し、投資信託へ800万円を投じました。数ヶ月後、担当者から運用報告が届きます。評価額は約890万円。

 

「90万円も増えてる!」

 

教員時代なら何ヶ月も働いてようやく得られる金額を、ただ投資信託を買っただけで手にすることができた――。このような体験が病みつきになり、それから毎朝、スマートフォンで評価額を見るようになりました。気が付けば、新聞より先に証券アプリを開いています。

 

「こんな世界があったのか」

 

投資への警戒心は、いつしか高揚感へ変わります。妻の恵子さん(61歳・仮名)は、不思議そうに尋ねました。

 

「最近、スマホばかり見てるけど」

「資産管理だよ」

 

高橋さんはそう答えました。その頃から、YouTubeのおすすめ動画は投資一色になります。

 

「銀行の投資信託では資産は増えない」

「資産家はもっと効率よく運用している」

「年5%で満足ですか」

 

銀行の商品が急につまらなく思えました。友人の中田さんは再び忠告します。

 

「評価額が増えたのは、お前の実力じゃない。相場が良かっただけだ」

 

しかし、高橋さんは聞く耳を持ちませんでした。