2020年代半ばから続く物価上昇は、いまやシニア世代の生活を脅かす最大の脅威となっています。年金の支給額が物価の伸びに追いつかない構造のなかで、さらに数年後には「団塊の世代」がすべて80代に達し、医療や介護の自己負担増の波が押し寄せるのは確実です。このような不確実性の高い時代において、夫婦が別れ、1人で生き抜こうとすることは、それだけで大きなリスクを背負うことにもなり得ます。本記事ではFPの川淵ゆかり氏が、Aさんの事例から、熟年離婚が孕むリスクについて解説します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
「俺のサラリーマン人生は何だったんだ…」“退職金900万円・現在無収入”61歳元会社員夫の虚無感。パート妻に気兼ねし〈昔の息子の部屋〉で寝起き、残された漫画とゲームに夜な夜な耽る定年ライフ (※写真はイメージです/PIXTA)

予想していたのと違う老後

Aさんは内心、「妻ともっと仲良くしたい」と考えていました。ですが、どうしたらいいかがわからないのです。かつて想像していた老後の生活は、趣味のゴルフや釣りに出かけたり、妻と旅行したり……。そんな充実した日々を、当然自分も送れると思っていました。

 

しかし、物価も上がっている昨今、気軽にお金は使いづらいうえ、あと数十年続くかわからない老後の生活を考えると贅沢もできません。Aさんは、心にぽっかりと大きな穴があいたような生活をどうすることもできませんでした。

妻から離婚の申し出

そんなAさんにある日突然、妻から離婚を申し伝えられます。

 

「あなたは毎日なにをしているの? 家事もしないでただ寝て食べているだけじゃないの。そんな人と一緒にいるとこっちまで年寄り臭くなるわ。あなたは私の話を聞こうともしない。夫婦なのに、まるで他人と暮らしているみたい。いっそのこと別れましょうか?」

 

妻はそれまで“離婚”など、おくびにも出さなかったのですが、Aさんの定年後の態度に対して、長い時間をかけて不満と失望が積み重なったようです。

 

突然の宣告にAさんは動転しました。「別れたくない」というのが本心です。しかし同時に、ここまで妻を追い詰めていたのなら「どうしても別れたいというなら、彼女の願いを叶えてあげるべきなのか」という思いも頭をよぎりました。

 

そのときAさんは、一度は離婚したものの、経済的に破綻して結局は再び元妻と同居を始めることになった会社の先輩のことを思い出しました。「離婚して本当に互いの生活は成り立つのか」という現実的な恐怖が、Aさんを襲ったのです。

年金分割後、本当に生活できるのか?

離婚の場合、「年金分割」という方法で、配偶者の年金を増やす方法があります。

 

日本の公的年金は2階建てになっており、1階部分が「国民年金(基礎年金)」、2階部分が「厚生年金」です。このうち、年金分割の対象となるのは、2階部分の厚生年金のみであり、国民年金は分割されません。なお、自営業などで国民年金だけの場合は年金分割の対象になりません。さらに、厚生年金であっても「婚姻期間中に納めた保険料の記録」だけが分割の対象となります。

 

年金分割には、「3号分割」と「合意分割」という2つの制度があります。年金分割は、どの夫婦でも半分ずつになるかというと、そうではありません。自動的に2分の1の分割になるのは、「3号分割」の場合です。

 

「3号分割」の3号とは、専業主婦などの第3号被保険者のことで、この制度によって分割されるのは、平成20年4月1日以後の国民年金第3号被保険者期間に限られます。もう一方の「合意分割」は、二人の合意や裁判手続きにより年金分割の割合が決まるというものです。どちらも請求期限(離婚をした日の翌日から起算して2年)を経過していないことが条件となっているため、遅れると年金分割はできなくなります。

 

年金分割の年金と自分自身の年金と合わせてもそれほど大きな額にはなりませんので、年金だけに頼ると老後は厳しい暮らしになるでしょう。では、Aさん夫婦が実際に離婚した場合、どのようなマネープランになるのでしょうか。

 

年金分割によって、妻側に増える年金額は月に3万円ほど。妻が自身の清掃パートで厚生年金に加入していた分や基礎年金をすべて合わせても、受け取れる年金額は月に10万円ちょっとにとどまります。もし働けなくなってしまうと、生活は行き詰まることが予想されます。

 

一方のAさん側も、厚生年金が削られるため、将来もらえるはずだった年金額は月13万〜14万円程度まで減少してしまいます。現在はまだ年金も受け取っておらず、無収入ですから一人になると、暮らしていけるはずがありません。つまり、離婚すれば二人とも“生活保護水準ギリギリ”と同程度の暮らしになってしまうでしょう。

 

なお、退職金についても「婚姻期間の長さに応じて寄与した分」として財産分与の対象となり、妻側が受け取ることができます。もし、すでに退職金に手を付けている場合、「退職金としていくら残っているのか」が曖昧になってしまい、分割が難しい場合があります。