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高齢者の地方移住と「交通インフラ」の現実
「定年退職を機に、自然豊かな地方でのんびりと暮らしたい」という憧れを抱いて、地方移住を決断する人は少なくありません。しかしデータを見ると、地方の生活環境には高齢期特有のリスクが潜んでいることがわかります。
内閣府の「令和7年版高齢社会白書」によると、60代以上が老後生活で不安に感じることとして「移動が困難になること」を挙げた割合は、人口規模が少ない市町村ほど高くなり、人口5万人未満の市町村では7割弱に上っています。
また、内閣府の「令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査結果」において「今後の経済生活に当たって必要だと考えるサポート」を尋ねたところ、「医療費・健康関連の支援(1〜3番目の合計で87.5%)」に次いで、「公共交通・移動の支援」が過半数(51.3%)を占めました。特に、都市規模別で見ると、小都市(人口10万人未満)や町村部ではこの「公共交通・移動の支援」を求める声が6割を超えており、地方における交通インフラ不足が高齢者の生活の質に直結する深刻な課題となっていることがうかがえます。
体力があるうちは車を運転して事なきを得ても、夫婦のどちらかが運転できなかったり、病気やケガで突然動けなくなったりしたとき、「交通手段がない」「病院が遠い」という地方ならではの環境は、命を脅かす恐怖へと変わります。
これから紹介するのは、理想の地方移住を果たしたものの、車の運転ができない妻の孤立と、夫の突然のケガによってインフラ不足の恐怖に直面し、わずか2年で移住を断念した夫婦の事例です。
憧れの地方移住を叶えるも…致命的だった「車の免許がない」という現実
「たしかに自然には癒されました。でも、もうこりごりです」と、地方に移住したことを振り返るケイコさん(仮名・67歳)。
事の発端は2年前。夫のマサオさん(仮名・68歳)は、定年退職後に都心のマンションを売却し、縁もゆかりもない山間部の地方都市に中古の一軒家を購入しました。退職金とこれまでの貯蓄を合わせた老後資金は約3,800万円。夫婦の年金を合算すると月に約25万円受け取っていました。
現役時代は満員電車に揺られて、常にストレスを感じていたマサオさん。残りの人生は自然に囲まれて静かに暮らしたかったといいます。ケイコさんも当初は、マサオさんの移住計画に賛成してくれていました。
しかし、新生活が始まるとすぐに深刻な問題が浮上します。それは、ケイコさんが車の運転免許を持っていなかったことです。自宅から最寄りのスーパーまでは、車で片道30分もかかります。公共交通機関である路線バスは1時間に1本しかなく、日々の買い物や通院はすべてマサオさんの運転に頼らざるを得ない状況でした。
「夫が出かけている間は、家でひたすらテレビを見て過ごしていました。ご近所付き合いもほとんどないので、ただただ退屈でしたね」
東京にいたころは、友人と気軽にランチをしたり、思い立ったときにデパートで買い物を楽しんだりしていたケイコさん。自分の意思で自由に外出できない生活は、想像以上のストレスになりました。